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    [心理学] ブログ村キーワード

     

    この記事は、心理学、宗教、スピリチュアルや自己啓発、哲学など、心と幸せの分野を学んだことのある人の中で、未だ欲しいものが手に入っていないと感じる人や、何か違和感を解消できていなかったり人へ向けて、お届けしたい内容です。

     

    筆者自身の体験も含めて、お伝え致します。

     

    心のことを学んでも手に入らないもの

     

    幸せへの道

     

    先ず、こういった分野を学んだり、どこかに所属したりしていく理由は、どこにあるのでしょうか。

     

    筆者としては、次のように思っています。

     

    それは先ず、仕事にしていこうと思っているのか、そうでないのかという点です。

     

    仕事にしていこうと思っている人であれば、そういった分野の専門知識を手に入れ、それを人に伝えたり、そういった理論を駆使して人を導こうと思っているように見受けられます。

     

    これらは教育者や援助者を目指して、またはそういった人たちが更に深いものを求めて学ぶという意味です。

     

    そしてここで言いたいのは、"そうではない人"に向けたものになります。

     

    つまり、それは一般的な理由によるもので、趣味として自分の知識を増やしたり、自身の生活の為に学ばれるのでしょう。

     

    こういった分野の学びを、仕事にしていこうと思っていないのであれば、その目的はほぼ明白ではないでしょうか。

     

    おそらくその目的は、手に入れた知識や技能を、今よりも幸せになる為に使いたいのだと思います。

     

    その意味で、もし既に心の分野の学びをしていても、欲しいものが手に入っていなかったり、違和感を感じ続けていたりするというのは、もしかすると実生活に自分が思うほどの満足を、まだ手に入れられていないのかもしれません。

     

    上に載せた写真は幸せへの道をイメージしたものですが、幸せを手に入れるというのは、それほど一直線ではないことを多くの人が理解しています。

     

    最近では、筆者自身、男女について深く学ぶ中で、この"幸せ"という表現も、男性的観点女性的観点では、意味しているものが随分違うようですので、その点にも少しだけ触れさせていただきます。

     

    女性の場合、その多くは今ここにある体験を意味しているようです。

     

    そのため、誰とどのように過ごしているのかという日常的なところに幸せの価値観が定まりやすいのだと思いますし、そこには大抵誰か対象者が存在しています。

     

    誰かと共に幸せになりたいという価値観です。

     

    そしてまたそれは、男性には通じ難いらしく、男性側に立った幸せとは、興味のある分野への熱中であり、未来に何かを達成・実現すること(目的)や、他を上回ること、能力を発揮すること(競争)の意味合いが強く、基本的に自分一人か、自分を含むチームのことでないと感知しにくいようです。

     

    そして筆者の言う、"幸せ"という言葉は、そのどちらも含むと思っていただいたら良いと思います。

     

    大切なことは、そういった自分にとっての"幸せ"が、それを目的とした学びを通じて、"本当に手に入っているのか"ということであり、もし実際にはそうなっていないなら、何か考え直す余地があるのかもしれません。

     

     

    自分が経験してきた心を学ぶ"違和感"

     

    筆者自身、これまで宗教、心理学、スピリチュアル、自己啓発など、多くのことを学んできました。

     

    そして学ぶ度に、痛いほど気づいてきたこと。

     

    それは"学ぶ"ことと"幸せになる"ことは違うということです。

     

    宗教を学び実践していた当時、そこには"見えないものを重視する思想"が存在し、それが"守るべき教え"となっていたりもしました。

     

    しかし、当時知った一つの統計指標がありました。

     

    それは震災などの災害時、そこで命を落としてしまうかどうかという""や、そういったことが後に心理的ダメージとなった人が、信仰者とそうでない人にがあるのかという調査です。

     

    残念ながら、そこには有意差が認められませんでした。

     

    当時、盲信していたとも言える筆者にとって、ショッキングな指標だったことを覚えています。

     

    また、宗教の先生方が、実際にはうまくいっていないのに、それを団体の上層部へ一生懸命嘘をついて良い内容に仕立て上げた報告書を作ろうとしていたのを見たのも、大きな違和感を覚えました。(全宗教がそうだという話ではありません)

     

    その後、もっと普遍的なものはないのかと、心理学とスピリチュアルの分野にいきました。

     

    心理学で感じたことは大変意義深く、たしかに幸せとはそういうものかもしれないと納得させられることが多くありました。

     

    スピリチュアルも同様です。(これについては、目指すべきポイントだと仮定し、後述させていただきます。)

     

    しかし、心理学とそれに基づいた心理カウンセリングは、主に傾聴という手法で雲を掴んでいくように進むもので、そこに至る道筋は難解で遠く、実際に幸せになっていくには、どうもまどろっこしい感じを受けました。

     

    当時、既に代替医療の治療師として、数千人という苦しい患者を見続けてきた経験から、あまりに時間のかかるアプローチに、余計そう思わされたのかもしれません。

     

    スピリチュアルの学びでは、全ては自分に原因があるという観点が手に入りました。それによってある種の苦しみも通りましたが、"だからこそ、この世界は自分で加減できる"と理解することができ、生きる体験が随分と自由になりました。

     

    しかし、あまり良いとも思えない、この分野特有の雰囲気も、それを学ぶ人達に感じていました。

     

    それはどうも浮足立っているというか、実際には本人の固有感覚だけのものを、"私は感じる"ということを根拠に正当化する雰囲気のことです。

     

    また、実際には苦しいのに、どこか"やけにポジティブ"に振る舞っているように思うこともありました。

     

    もちろんそうでない人たちもいましたが、どこか全体的にわかった気になっているだけで、安易なものに流されている印象を受けてしまったのです。

     

    自己啓発をセミナーで受けた時には、大変大きな衝撃がありました。

     

    ある意味、視点が逆転するというか、良いと思っていたものが悪くなり、悪いと思っていたことが良くなり…。

     

    結果、それまでには認められなかった自分の能力に目覚めたり、他者にも別の視点を見いだせたりして、世界観が一変したことを覚えています。

     

    この分野を学んでいなければ、今のように社会への発信をしていく決意はできなかったかもしれません。

     

    ただ、この分野では、新しく手に入れた自由的思想を他者批判に使っている人の多いところが、少し嫌な印象を持っていました。

     

    自由過ぎると感じるところもあり、具体的には性の扱いが適当になってしまったり(結果悲しい思いをしている人もよく見た)、社会の健全に見えるヒエラルキー(上下意識)でさえ無視するような横暴さが目立つ時もありました。

     

    口では美しいことを言うのですが、実際にはやたらと知名度や経済的成功に意識が向いていることにも、何か違和感がありました。

     

    ここまでは、そういった複数の分野で得たことと、批判の両方を書かせていただきました。

     

    筆者の言いたいことは、ここまで綴ってきた分野の存在が問題的な側面しかないということでは、決してありません。

     

    それぞれに価値のあるものを提供していて、どの分野にも筋の通った人がいるもので、私も大変お世話になった人たちがたくさんいます。

     

    ただ、ここで体験としてお伝えしたかったのは、自分自身、これらのどれにも本質的に満たされなかったという現実があり、結果、その不満が現在の探究心を生み出し続けているという点です。

     

     

    心理学が達成しようとした"幸せの定義"

     

    賢者の石を求める錬金術師

    (出典 wikipedia)

     

    上記は、中世に流行り、ユングという心理学者が大いに研究した錬金術の画像です。

     

    この画像では、"賢者の石"という超人的力と神の知恵を得る究極物質を生み出そうとしているところが描かれています。

     

    描かれている人も男性ですし、この石の力は知恵と力、不老不死などですから、やはり男性的な理想像を"幸せ"に結びつけていたのだと予測されます。

     

    その意味では、女性的な要素が薄い分、幸せについて大きく欠落していることは否めません。

     

    人類の歴史をたどると、この時期(15〜17世紀頃)を境に、科学と精神が分離していきます。

     

    徐々に科学の勃興が始まった時期ですから、魔術のような錬金術は廃れていきました。

     

    筆者自身も、幸せを得るために、人類が再び錬金術を始めた方が良いとは、もちろん思いません。

     

    ただ、この"錬金術"という作業が、今回、心理学を例に説明する"幸せを得る方法"と似通ったところがあるように感じているのです。

     

    そのため、今回はこれを例に、心理学がどのように人を幸せに導くのかについて、書き記していこうと思います。

     

    錬金術とは何なのでしょうか。

     

    簡単に言えば、金ではない金属を使って、金をつくってしまおうという取り組みです。

     

    それはおよそ魔法や呪術的なものだったと解釈されます。

     

    物理的に考えれば、金属を新しい形にするわけですから、一度溶かして液体にし、冷やしていく過程で再形成するのが一般的でしょう。(途中でどうすれば金になるのかはもちろん不明なままです)

     

    ただ、この溶かして再形成するということを、精神に例えて言っているのであれば、そこまで無駄なものとも言えません。

     

    ユングという心理学者は、その点で錬金術を20世紀に入ってから深く探求しています。

     

    心理学は吹きガラスのように熱して溶かした精神を再形成しようと試みる

     

    こちらの画像は金属ではなく、瓶を熱してガラスを溶かし、再形成する時にデザインしていく吹きガラスの工程ですが、やはりやっている工程はほぼ変わりません。

     

    ガラス工芸の作業映像などは、読者様の多くがメディアなどで一度は目にしていると思います。

     

    そして、古い心理学がやろうとしていることの多くは、ここにあるようです。

     

    ここで言う古い心理学とは、精神力動という分野を重視するもので、19世紀に心理学を始めたフロイトという人を祖とし、分派・派生した学派を指します。

     

    基本的にこの分野の心理学は、「心の底から悪い人間はいない」という"性善説"が前提です。

     

    そのため、もし大人になって精神的な問題が見つかったとしても、それは形成したものが間違ってしまっただけであり、それを溶かして元に戻せば、適切な形に再形成できると信じているようです。

     

    これについては、筆者も同じ立場を取っています。

     

    そして、心理学を学ぶことや、心理カウンセリングを受ける目的の一つは、ここにあります。

     

    再度わかりやすく表現すれば、幼少期から現在に至るまでの間に、幸せに生きていくことに障害となったり、本来の力を発揮できなくなってしまった心の形を再び溶かすことで、当時の心に一旦リセットし、今と未来に適った新しい心を造り直すことにあるのです。

     

    この場合、過去に凍りつかせてしまったものを溶かすことや、複雑に荒々しく絡まらせてしまった糸を解いていくことが必要。

     

    その意味で、これは精神治療というよりも、自己理解を促す尊く文化的な対話なのであり、新しい生き方を探る為の意義深い試みです。

     

    成功すれば、これまで不可能とされていた能力を開花するでしょうし、これまでにはうまくいかなかった誰かとの人間関係を真に豊かなものとする可能性に満ちています。

     

    その意味で、前項に挙げた各種分野や方法論の中で、何かに蓋をして無理に幸せを目指すように見受けた他の分野と、心理学とは全く質が違うものだと、筆者は捉えます。

     

    人間についての進化的説明は諸説あります。しかし、それらを平均すると、結局のところ、私達ホモ・サピエンスは5万年ほど前から、基本的に個人の性質や能力が変わっていないのです。

     

    そしてそれは、一般的にバカと言われる人でも、天才と言われる人でも、潜在値という点で、大きな差ではありません。

     

    誰であっても自己の内側に秘めている本質的な資源を深く見つめ直し、自分らしい生き方を再発見する"心理学"という分野に、筆者は大きな信頼を抱いているのです。

     

    心理学の学びは人生に新しい扉を開く

     

    そういった意味で、理に適った心理学の学びは、新しい自身を創造することに成功し、これまでの人生では見えなかった新しい景色を見ることのできる扉を開くことができるかもしれません。

     

     

    心理学が犯してきた過ち

     

    そうはいっても、心理学が正しく、他が間違っているとも、やはり言いきれません。

     

    ここからは、心理学の中で筆者の批判したいところであり、実際に心理業界の中で精神力動を重視する心理学分野を批判する人たちが持つ、同様の意見かもしれません。

     

    それは一度暗い闇の底の中で遭遇した危険を避け、やっとの思いで水上に逃げてきたのに、"再び潜れば宝物が眠っている"と言い聞かせられ、何があるかもわからない深い精神の世界に、ガイドと一緒に再びダイブするわけです。

     

    そのガイドが援助を間違えば、過去の痛みを思い出したは良いが、造り直しに失敗するかもしれませんし、長く潜っていること自体が、窒息死させるような苦しみを与えるかもしれません。

     

    心理学の一つの罪はここにあると、筆者は捉えます。

     

    心理学に無防備に取り組むことはガイドのいない深海ダイビングのような危険性がある

     

    どれくらいの深さにあるのかは不明で、どれほどの時間がかかるのかもわからず、そこにある疲労や苦しみへの配慮に欠けたまま、"尊いから"という理由で、闇雲にただ相手の語る口調に耳を傾ける。

     

    これが精神分析という分野です。

     

    実際には、この分野自体を否定したいわけではありません。

     

    この分野はそういう危険を大いにはらんでいると、そのリスクを伝えたいのです。

     

    そうしてしまう理由はある程度わかります。

     

    おそらくそれは"精神とは、簡単に言葉にしてしまう程、安易な存在ではなく、形にならない美しさが時間をかけて描かれるべきだ"とする芸術的感覚がそうさせるのでしょう。

     

    その意味では、不用意にも深くダイブすることを促すこの手法を、頭ごなしに批判はできません。

     

    ただ、もしその芸術的感覚が問題を逆に複雑化し、解決できない悪循環に陥れているなら、そこは改善されるべきです。

     

    可能であるなら、そこにある代表的なパターンを事前に計算し、効率的に作業が完成される方が良いのは、ある意味当然だと思います。

     

    筆者は、これまでの精神力動説を、精神を尊ぶが故に、この効率化阻んできたのではないかと捉えているのです。

     

    可能な限り、筆者は幸せに最短な道のりがあるなら、それを手に入れて欲しいと願います。

     

    遠い目的地に向かう時、歩いていくことに価値があるのはわかります。

     

    ゆっくりと景色を見ながら、自分に無理をすることなく、時には途中で出逢う人や出来事を愉しみながら進む。

     

    現代には余計にあって欲しいことだとも思います。

     

    しかし、それは余裕のある旅路だからこその感覚。

     

    もし今何かに苦しんでいたり、誰かとうまくいっていなかったり、現状に疑問を感じていたりするなら、歩くよりも何十倍も速く到達できる乗り物に乗ったほうが、コストパフォーマンスという意味でも、それをわざわざ避ける必要はないのではないでしょうか。

     

    学ぶことも援助を受けることも、結局時間とお金がかかるのです。

     

    どちらにしても、多少の苦労は生じるのだとしたら、筆者はより効率的に到達できるものを勧めたいと思います。

     

     

    あらすじが決まっている心理学講座

     

    筆者は、こういった課題に対し、これまでに培った知見を集合させ、効率的な精神分析を可能とする方法を編み出しました。

     

    それが、心理カウンセラーなどの専門職が学ぶ為の心理学ではない、一般向け心理学講座です。

     

    心を学ぶ講座 心理編 自己の旅

     

    上記画像がそのまま講座を紹介しているページへのリンクとなっていますので、パソコンならカーソルをクリック、スマホならば画像をタップしてみて下さい。

     

    1回2時間の心の旅を、筆者がガイドとなって目的地までお連れします。

     

    結果としてどれだけの幸せの質を手に入れるのかは、受講していただいた御本人の向き合い方次第ですが、自己の溶解と再創出というプロセスは、誰もが完遂させることができます。

     

    それだけこのプログラムには、時間をかけ改変させてきた厚みを持たせているつもりです。

     

    公開されているスケジュールで受講いただくか、インターネットのビデオ通話を使った個人受講をご検討下さい。

     

    時間をかけて一つ一つの記事を書いている関係上、更新は毎日ではありませんが、このブログにも、またご注目下さい。

     

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    長い文章をお読みいただき、本当にありがとうございました。

     

    JUGEMテーマ:心理学

     


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      [コミュニケーションの悩み] ブログ村キーワード

       

      筆者のカウンセリングは、心の問題に向き合うだけでなく、今抱えている問題を実際的に解決することを専門としています。

       

      提供させていただいている心理学講座も同様。

       

      今回は、対人関係を整える為の本質的な理論を一つ知っていただければと思い、書かせていただきました。

       

       

      悩みの殆どは人間関係の問題

       

      心理カウンセリングをやっていると、相談者が解決を求めてこられる問題の殆どは人間関係の問題です。

       

      お勤めされている会社での成績不振などが最初の原因で、心理的に追い詰められたという話も、やはりそれを評価した人や、それを見ている人、また家族やパートナーなど、本人を見守っている人などがおりますから、これも人間関係の影響は、案外大きいものだと思います。

       

      誰の目も気にしなくて良いのなら別ですが、実際にはそういうことは少ないものです。

       

      そして人間関係を調整できる能力があることは、会社の経営やマネージャーだけが関係することではなく、家族、友人、恋人、同僚などとの日常に関係します。

       

      私達は、こういったプライベートを基盤に日々の活動をしている筈です。

       

      このプライベートに対して、自分から運命を切り拓く力を持てることは大変意義のあることだと思います。

       

       

      人間関係を整える為には"コミュニケーション"に対する誤解を解くこと

       

      コミュニケーションの誤解が人間関係に問題をつくる

       

      そしてこの方法を学ぶには、先ず大きなこの考え方を知る上での障害を取り除く必要があります。

       

      その障害とは、コミュニケーションについての認識です。

       

      私達の殆どは、コミュニケーションを相手と意識的に対話をする為のものだと思いがちです。

       

      そしてそこが同時に、最大の誤解なのです。

       

      コミュニケーションは、こちらが意識できていない領域のものが、とても多く作用しています。

       

      その理由は、相手にとって意味があるものは全てコミュニケーションに含まれてしまうという現実があるからです。

       

      自分はただ仕事を一生懸命していただけだったが、相手にとってはずっと"独りぼっちにされた"と思われていた。

       

      忙しくて返信を忘れていたが、相手は"自分を無視している"と受け取っていた。

       

      健康に良いとオーガニックを勧めているだけだったが、相手には不健康な生活を送る自分への"嫌がらせ"だと感じられていた。

       

      上司が部下のことを想って自由に仕事をすることを促していたが、部下の方からは、"ちゃんと指導してくれない"という不満があった。

       

      そんなことは生きてきた中で、いくらでも探せるほど、"心のすれ違い"として起きてきた筈です。

       

      つまり、対人関係において、"自分ではコミュニケーションをとっていると思っていないもの"が、実際には相手に影響を与えてしまうことが多々あるのです。

       

      このことについての解説となるブログを以前に書いてますので、ご紹介させていただきます。

       

      ⇒ 人間関係がうまくいかない理由はコミュニケーションの誤解

       

       

      人間関係問題を解決する真の方法

       

      ここまで説明させていただいてきたことこそ、コミュニケーションについての実際と実体です。

       

      もし、人間関係をマネジメントしたり、誰かとの問題を解決しようと思うなら、このことをベースにする必要があります。

       

      しかし、お読みいただいて、なんとなくわかるけど、それを自分に当てはめて、"実際にはどうしたら良いのか"とか、まだちょっといまいちピンとこないという方もいらっしゃるかもしれません。

       

      もし、ご興味をお持ちいただけるようでしたら、それについて、動画で解説させていただきました。

       

      25分程ありますが、とても大切なことですので、どうぞ時間をつくってご覧になっていただければ幸いです。

       

       

       

      まるで魔法のように人間関係を調整できる能力

       

      そして私自身、この理解と能力を心理カウンセリングで活用しており、簡単には解決できないと思われる多くの事例を解決に導いてきました。

       

      パワハラ、不登校や引きこもり、DV、児童虐待、夫婦問題、地域住民とのいやがらせなど。

       

      また、一見すると個人的な問題に感じる精神症状や、謎の神経症状も、やはりこの手法によって解決してきました。

       

      もちろん、全てが順調に解決するというわけではありません。

       

      しかし、これを知っていることは、知らなかった頃には予測することもできないほどの集団マネジメント能力と、問題解決力があることがわかります。

       

      それはまるで、知らなかった頃には、魔法のようにしか思えなかった現実の力を手にすることに違いありません。

       

      もし、ご自身でこの知識と能力を手に入れることにご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、この講座にお越し下さい。

       

      日程が合わない方は、インターネットのビデオ通話を利用した個人レッスンも可能です。

       

      心を学ぶ講座 対話編 語らう旅

       

       

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        [自分らしさを取り戻す] ブログ村キーワード

         

        人にはそれぞれ生きているフィールド(環境)があります。

         

        しかし、自分が心から認められ、自分らしく能力を発揮しつつ、そこにやりがいを見出して存在していられる場所は、必ずしも多くはないではないでしょうか。

         

        そこで今回は、心理学講師の一人として、環境に合わせつつも、自分らしさを失わずに、生きる方法について、書かせていただこうと思います。

         

        "貴方らしさ"を取り戻す物語

         

        Be yourself

         

        よく、誰かを助けたいと思うとき、"貴方らしくもない"というような言葉を耳にします。

         

        それは当の本人が、普段相手に見せている雰囲気とは違う何かを意味しているのだと思います。

         

        しかし、この"貴方らしい"という響きは、一体どんな性質を指して言っているのでしょうか。

         

        以前、看護師のお仕事をされている方のパーソナリティ(性格)を、講座で紐解いたことがありました。

         

        彼女はとても周囲に対して積極的ですし、とても気遣いを意識していることが、その言動からよくわかる雰囲気の方です。

         

        それはある意味、彼女を深く知らない人にとって、"彼女らしい"という状態であると予測されます。

         

        人間には、それがどのような人であっても、他者との関係を一定に保つ為の仮面的な心理が存在します。

         

        これをユング心理学(分析心理学)では、ペルソナ(仮面心理)と呼ぶそうです。

         

        私は、"その雰囲気はいつ頃から始めたものですか?"と問いかけてみました。

         

        彼女は少し考えた上で、"大学の頃からのような気がします"とのこと。

         

        私がここでお話したいことは、自分が今の自分らしい雰囲気を身に着けたのは、必ずしも生まれた頃からではないということです。

         

        そこには、何か理由があるのでしょうか。

         

        "そういう雰囲気になる前、貴方はどんな人だったんですか?"

         

        そう訪ねてみます。

         

        彼女はまた少し考えて、"もうちょっと気の弱い感じだったような気がします。周囲のこともあまり気にしないというか…"と言われます。

         

        大人になっても、こういった性質の人は居ます。

         

        でも彼女はその性質を捨てたのか、隠したのか、どちらにしても表に出すことをやめ、現在のような雰囲気になったようです。

         

        ということは、どうやら必ずしも皆が同じ人間的成長をしていくという話にはできないようです。

         

        どちらにしても、どうして人は変わってしまうのでしょうか。

         

        性格という言葉には、捉え方が大きく二つほどあるようで、一つは、人は固定的な性格を持っているというもの。

         

        もう一つは、人は誰と居るのかによって性格が変わるというもの。


        前者は、人は生まれながらに持っているものが発揮されていると表現しますし、心理学的にこの流派は、セラピーにおいて本来の自分に戻していくようなアプローチをします。

         

        後者の心理学派は、人の性格は常に今共に過ごす人との関係を調整する為に変化するという考え方ですので、今共に過ごしている人との関係に焦点を当ててアプローチます。

         

        しかし、私はそのどちらでもあるように感じています。

         

        やはり当人が大体どこに行っても見せている雰囲気というのはありますし、かといってプライベートで過ごしている家族と、公に見せる職場などでの雰囲気が変わるのもまた当然です。

         

        どちらにしても、そういった今の自分全体を指して、"貴方らしさ"と表現することはできるでしょう。

         

        先程の彼女に、"何をきっかけにそういった性格になっていったのか、出来事を思い出せますか?"と尋ねてみました。

         

        当初"そんなことはなかったような…"と言いつつも、私からいくつかの質問を繰り返していくと…

         

        "実はその頃に家族関係の変化がありまして…"

         

        重たそうに口を開いた彼女からは、当時の家族関係の変化が語られました。

         

        突然に語られる過去の出来事に、共に参加した参加者達も息が詰まります。

         

        私からは、こう返しました。

         

        "たしかにその時のご家族との関係を考えると、現在のような見せ方を手に入れることは仕方がなかったと思います。ただ、ここで扱いたいのは、今になってその頃の自分に戻れるとしたら、本当にはどうしたかったと思いますか?ということです"

         

        彼女から一筋の涙がこぼれました。

         

        その後に出た言葉は、

         

        "本当は助けて欲しかったんです…"

         

        私からもう一つ質問しました。

         

        "貴方はその言葉、普段からあまり使えないということがありますか?"

         

        彼女は即座に答えます。

         

        "もちろんです。助けてなんて簡単に言えません。"

         

        "もちろん?どうして助けてっていうことはおかしいと当たり前のようにおっしゃるのでしょうか。"

         

        "あ!"

         

        実はこのことが、彼女の職場でも関係していました。

         

        もっと自分の後輩などとも距離を近づけたい。

         

        仲良く仕事をしたい。

         

        しかし、いつの間にか彼女はお局様となり、若い看護師達などからは嫌厭される存在になってしまっていたのです。

         

        何も自分から距離を置いて、冷たい関係になりたいわけではない。

         

        少なくとも意識的には…

         

        それをしていた彼女のパーソナリティを良く言うなら、"責任感"であったと想像できます。

         

        最後に私が伝えたのは、

         

        "もちろん、すぐにそういう人になりましょうと言っても無理があるでしょう。しかし、今日話したことは、これからの貴方が、貴方らしさを取り戻すヒントになる筈です。"

         

        ということでした。

         

        実際、そこから彼女の職場環境(人間関係)は、少しずつ変化が始まりました。

         

         

        自分らしさを失わずに生き抜く方法

         

        ここまでのストーリーをお読みいただき、"自分らしさ"について、どのように感じられたでしょうか。

         

        自分らしさとは、普段よく人に見せている部分なのでしょうか。

         

        逆に、いつも表現せず奥に隠している心理を意味するのでしょうか。

         

        それとも、もっと無意識的な領域に存在するものなのでしょうか。

         

        もしかすると、内部にはない新しい何かが加わることで、本当の自分が手に入るのでしょうか。

         

        筆者はこう考えます。

         

        そのどれが本当の自分なのだと決めつけるよりは、どれも自分とその一部なのだということです。

         

        そうなのであれば、今の環境に合わせて、自分を分析・分解・再統合し、新しく創り出せることこそが、自分らしさを失わずに生き抜く方法なのだと思うのです。

         

        そしてできれば、一時的でその場限りの自分づくりであってはならないと思います。

         

        そういった方法論自体を学び、手に入れてしまえば、今後の人生全体に大きな好影響が望めるかもしれません。

         

        筆者のアプローチは独自のものですが、こういった心理の学びは多くの場所に存在していると思います。

         

        こういうことにご興味をお持ちの方は、是非近くのそういう機会を見つけ、取り組んでみていただければ、これからの未来に、何か特別なボーナスがあるかもしれません。

         

        一応、筆者の提供するこの分野の心理学講座も紹介させていただきます。

         

        ご興味のある方は、どうぞご覧下さい。

         

        心を学ぶ講座 心理編 自己の旅

         

        7月開講講座もありますので、平日昼間ではありますが、ご都合を合わせられます方は、受けてみていただきたいと思います。

         

        初回のみ体験参加も可能です。

         

         

        心を学ぶ入門講座・継続開催がスタート

         

        先日、筆者がこれまで主催してきた心理講座を、一つの統一論的にお伝えする『心を学ぶ入門講座』を初開催させていただきました。

         

        講座ではここまで書いてきた話の土台となるような、心理学といっても代表的なアプローチがいくつも存在し、そのサンプルを紹介しつつ、実生活に即活かせるものも、積極的にお伝え致しました。

         

        ご感想もいただいてますので、ご紹介したいと思います。

         

        上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

         

        「力動論と行動論について、学び、知識を整理することができました。また、異性との統合については、日常の中で以前から問題意識があったので、有益でした。」

         

        上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

         

        「何だか自分を知りたい、相手を知りたい、その思いから参加をしました。

        今までとは違うアプローチに、日常の生活に即取り入れられる、又、講座の中で様々なこと(記憶)が蘇ってきて、自らに笑えました。ありがとうございました。」

         

        上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

         

        「ゲシュタルト認識=記憶と体験から成り立っていることがなるほどと思った。相手の話を聞くとき、どのような認識を持っているのかと観察しながら聞こうと思います。」

         

        それぞれに得ていただいた視点が違うのも、開催する筆者側としては嬉しいところです。

         

        実のところ心理学といっても、大変多くのものがあり、それが自分が求めているものに直結するのかどうかは、運次第のようなところがあります。

         

        この講座開催に込めた願いについては、筆者が動画を撮影させていただきましたので、ご覧いただけましたら幸いです。

         

         

        心理学をこれから学びたい人の為に、遠回りせずにご自身の求めているものへ近づくことができるよう願っております。

         

        前述の心を学ぶ講座 心理編〜自己の旅〜などは高額ですぐには手が出ないという方もいらっしゃるかもしれませんので、その場合、こういう講座で少し内容をかじってみていてだければと思っております。

         

        上野大照 心を学ぶ入門講座チラシ

         

         

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        JUGEMテーマ:自分のこと


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          [カウンセラーになるには] ブログ村キーワード

           

          筆者が主宰するプロ心理カウンセラーを養成する講座(心匠セラピスト養成講座)の2期、同時期に修了した。

           

          すぐに次の10期が開始となるが、次期開講前に、改めて私が想うところの『心を鍛える』ということについて、まとめておきたい。

           

           

          "心匠"という名には願いが込められている

           

          刀鍛冶のように心を鍛える

           

          "心匠"とは、鍛え上げられた心を持つ人ということ。

           

          心匠という言葉は、筆者が独自に使い始めたもので、なんでも巧みの技を持つ人には、刀鍛冶の名人に"刀匠"と名が付くように、心理の匠を目指した名称です。

           

          ある意味、志を言葉に変えただけのことで、筆者自身をそう思っているということはもちろんありません。

           

          ただ、心理カウンセラーを養成するに当たっては、何が心の匠なのかについて、その概念を伝える必要性も感じています。

           

          心理カウンセラーの養成をしていると、時々受講生から尋ねられることがあります。

           

          「自分はうまく話せないので、話を聞きっぱなしになるのですが、どうしたらちゃんと話せるようになるのでしょうか。」

           

          心理カウンセリングと言っても、話を聞くだけではうまくいきません。

           

          やはり、何か意見を求められることもあります。

           

          もし、この記事を読んでいただいている方ご自身が、心理カウンセラーをされている方であれば、こういった質問がそれほど違和感のあるものではないと思うかもしれません。

           

          そしてもし、今読まれてる方が、心理系の仕事をされていない方であれば、意外だと感じるでしょう。

           

          心理カウンセラーは対話の専門家である以上、話が難しいと感じている筈はないと。

           

          しかし、実際には、心理カウンセラーになる人や心理学を専攻される方の多くは、心優しく、あまり人に意見しない方が多かったりします。

           

          その背景には、自分自身が幼少期から辛い体験を重ねて来られたり、ご家族になんらかの問題を抱えていたり、いじめにあったことがあったりというような体験があり、心に傷を感じたことが心理を学ぶ動機になっていたりするということがあります。

           

          学生時代に不登校でなかなか登校できず、それをスクールカウンセラーに話すことで乗り越えられたという人も居るかもしれません。

           

          もちろん、それはすべての理由とは限りません。

           

          ただ、良い意味での"心優しさ"は、自分勝手に意見を言わないということを大切にするあまり、しっかりと物事を伝えようとする時に、障壁として立ちはだかることもあるのです。

           

          実はこのことが、先程からお話している、心匠という名に込めた願いと重なるのです。

           

          それはつまり、自分の意見に一筋の自信が付加され、相手に伝わること。

           

          もし、それが実現すれば、相談者は、重みがあり、力強い説得力を持つ言葉に魅了されるでしょう。

           

          逆に言えば、それなくして、自己否定に陥っている相談者に、”貴方は自分を否定する必要はない”とか、”貴方には生きている意味がある”というような言葉を伝えたところで、心の奥に届くことはありません。

           

           

          援助者にこそ"心の力"が問われている

           

          やはりそれを伝えられるだけの心の力は、どれだけ心優しくても、相手を援助したいなら、問われてしまうのです。

           

          これはもちろん、心理カウンセリングに限った話ではなく、人を指導・教育・援助しようとするなら、どの分野にも共通した課題です。

           

          心に一つの芯が通っていること。

           

          そしてそれが態度に表れ、心と言葉が合っていること。

           

          これを心理学用語で言えば、とても重要な概念として伝えられている"自己一致"というものであり、私は"首尾一貫性"と呼ばせていただいております。

           

          シンプルに言えば、それは一つの勇気であり、不安を克服する力とも言えるでしょう。

           

          もし自分が何かに悩み苦しんでしまったとき、深く悩み自信がなく、不安に苛まれ、苦しみを抱えている人にカウンセリングを受けたいかどうかと尋ねられれば、その答えは明白な筈です。

           

          こういった記事にご興味のある方は、こちらに私の目指す「"心理カウンセリングの達人領域"はどこにあるのか」について、過去に詳しく書いた記事もあります。

           

          どうぞご覧下さい。

           

           

           

          心匠セラピスト養成講座8・9期が修了

           

          筆者が主宰するプロ心理カウンセラー養成(心匠セラピスト養成講座)は、昨年より1年に及んだ平日コースの8期が修了。

           

          心匠セラピスト養成講座 修了生 古賀敬一氏

           

          心匠セラピスト養成講座 修了生 田中浩一氏

           

          1月から半年のトレーニングを積んだ9期が修了しました。

           

          心匠セラピスト養成講座修了生 橋本亜弓さん

           

          それぞれの最終回では、不遇な運命、不確定な未来にどう対処するのか、ロゴセラピーという分野から詳しく解説させていただきました。

           

          生きる上での一つの信念として根付かせていただければと思っております。

           

          心の世界が、どう存在し、機能していくのか、今までにはない視点を手に入れていただいたと思います。

           

           

          心理観察術から始まる養成講座

           

          心匠セラピスト養成講座の初回は"心理観察術"

           

          そもそも人の心理をどう読み解くのか。

           

          観察トレーニングから始まる、心匠セラピスト養成講座10期(7月15日開講)は、あと1名の募集枠となっております。

           

          それ以上はキャンセル待ち、または11期(2019年1月開講)にて受付させていただきます。

           

          心匠セラピスト養成講座

           

           

          ご愛読ありがとうございました。

           

           

          一般向け講座はこちら

           

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          JUGEMテーマ:目指せ、セラピスト


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            6月24日(日)、筆者(上野大照)が主宰する心理学スクール&カウンセリングサロンであるオフィス・コミュニケーションズが創立5周年を迎え、その記念パーティを開催させていただきましたので、ご報告させていただきます。

             

            オフィス・コミュニケーションズ創立5周年

             

            前述の通り、オフィス・コミュニケーションズは創立5周年を迎えさせていただきました。

             

            今回のパーティにご参加いただいたのは、主にスクール事業へ受講生としてご参加いただいている方々。

             

            午前から開催しているセラピーライブからそのままご参加いただいた方も多かったです。

             

            惜しくも、ご参加いただけなかった方もおられ、その中には、わざわざの祝電・祝花をいただきました。

             

            特に、日本ブリーフセラピー協会マスタートレーナーであり、東北大学大学院准教授の若島孔文先生、公益財団法人関西カウンセリングセンターの古今堂理事長には、篤いお言葉を祝電としていただき、皆様に披露させていただけました。

             

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ

             

            会場は、サロン近くにあるカフェで、採算度外視で本当に美味しいコーヒーとパン、カレーなどを提供されている「くるみ割り」を貸切で利用させていただきました。

             

            会場となったカフェはこちら。

             

             

            普段は日曜のみ、モーニングだけの営業で、それ以外の曜日は朝7時から夕方6時まで開店しておられます。

             

            お勧めは、とても分厚いパンにたっぷりバターが塗られたトーストにサラダとゆで卵がついて、サイフォンでいただける美味しいコーヒーがついたモーニングです。

             

            お昼はそれにスープとデザートまでついてなんと600円でランチをいただくことができます。

             

            参加者一人ずつを主催者が紹介

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ

             

            心理を学ぶ人は、この社会に対して、自ら何か貢献活動をしていきたい方が多いもの。

             

            今回は、5周年のお祝いの言葉をそれぞれにいただけて大変光栄だったこと、これまでの活動を支えていただいたことなどに感謝を込めて、参加者一人一人が交流の機会となるよう、筆者から一人ずつそのお考えや活動内容などについて、紹介させていただきました。

             

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ

             

            みなさんそれぞれのご活躍と活動内容などを話され、当方での学びがそれぞれの人生にどんな影響を与えたのかなどもお話くださり、主宰していることに、改めて意義を感じることのできる有り難い時間でした。

             

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ

             

            参加者は、個人経営心理カウンセラー、占術師、大学関係のカウンセラー、心理系講師、著者、キャリアコンサルタント、投資家、公益団体主宰者、武道家、弁理士様など、それぞれ独自の活動をされている方が多かったのも印象的です。

            大企業の人事部門にて、心理の学びを生かしておられる方もおられます。

             

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ

             

            お昼のパーティでしたが、筆者がお気に入りのワインなども用意させていただき、少しお酒も入った和やかな会となりました。

             

             

            オフィス・コミュニケーションズ 5周年記念パーティ 参加者集合写真

             

            残念ながらスケジュールによって最後までお残りいただけなかった方もありましたが、残った人たちで最後に集合写真。

             

            また、今回お越しいただけなかった多くの方からも、たくさんのお祝いをいただきました。

             

            オフィス・コミュニケーションズ5周年記念の贈答品

             

            オフィス・コミュニケーションズ5周年記念の贈答品

             

             

            お越しいただいた皆様、お祝いをちょうだい致しました皆様、本当にどうもありがとうございました。

             

             

            心理学を実生活に活かすための入門講座

             

            最後には、この5周年を機に始めた「心を学ぶ入門講座」についてお伝えしました。

             

            この講座は一般参加可能です。

             

            ご興味のある方は、こちらの画像リンクをご覧下さい。

             

            上野大照 心を学ぶ入門講座チラシ

             

             

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            心理カウンセラーの匠を目指す教育講座

            7月から10期開講

             

            心匠セラピスト養成講座

             

             

            いつもご愛読ありがとうございます。

             

             

            JUGEMテーマ:心、体、そして魂。


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              [カウンセリングスクール] ブログ村キーワード

               

              6月24日(日)、心匠・上野大照(筆者)による第9回目のセラピーライブを開催させていただきました。

               

              セラピーライブとは、公開型の心理カウンセリングで、一般的にはオープンカウンセリングと呼ばれています。

               

              心の匠を目指す筆者にとって、その実力を見ていただける重要なイベントです。

               

               

              セラピーライブ開催の目的

               

              セラピーライブは、名前の通り、セラピー(心理カウンセリング)のライブ。

               

              ご相談に対し、それを解決していく対話を生で見ていただけるイベント。

               

              通常、心理カウセリングでは、繊細な問題を扱うことや、相談者の周囲には言いづらい事情を話したりすることから、カウンセリングルームの中だけの秘密(守秘義務)とされています。

               

              これが相談者に安心を与えているという良い面とは裏腹に、この仕組みが、心理カウンセリングを一般的にしない理由でもあります。

               

              上野大照 セラピーライブ

               

              心理カウンセリングの一般意識調査の結果によると、『よくわからない怪しいもの』というのが、現在でも最も多い回答のようです。

               

              先程も書いた通り、その理由は、秘密の空間で行われているものであるからというのが、該当します。

               

              誰であっても自分の関係者に秘密を持たれたら、怪しく思ってしまうものですから、それはよくわかる社会的な反応です。

               

              その意味で、心理カウンセラーである筆者自ら、相談を公開させていただくことで、心理カウンセリングの実際を見ていただき、安心して受けていただけるようにしたいというのが、イベント開催目的の一つ。

               

              もう一つの目的は、心理カウセリングに対する一つの疑念の解消にあります。

               

              『心理カウンセリングって、心のマッサージみたいなもので、特に状況が変わることってないんでしょ?』

               

              この言葉は、この仕事をしていく中で、数多く聞いてきました。

               

              つまり、一般的に心理カウンセリングとは、心を楽にするだけであって、何か問題を実際的に変える力はないと言われているようです。

               

              この噂を広げてしまった理由として、筆者は心理カウンセリングの世界に蔓延している対話法について言及したいと思います。

               

               

              心理カウンセリングが心のマッサージだと言われる理由

               

              心理カウンセリングを学んだことはない、一般の方であれば、何か問題を抱えて相談に行けば、そこで聞きたいことは明白です。

               

              それは、今抱える状況に対する解決方法だと思います。

               

              しかし、実際の心理カウンセリングの多くは、この”解決方法”に対し、強いアプローチを持っているとは言えません。

               

              それはこういった対話の例を通じて、理解できます。

               

               

               

              【一般的な心理カウンセリングの対話例】

               

              相談者(以下Cl)「先生、この状況をどうしたら良いのですか?」

               

              カウンセラー(以下Th)『なるほど、貴方はこの状況にほとほと困り果ててしまっているのですね』

               

              Cl「ええ、そうなんです。先生はどうしたら良いと思いますか?」

               

              Th『私にその解決方法を教えてほしいと思っているのですね』

               

              Cl「ええ、どうしたら良いと思いますか?」

               

              Th『それはわかりません。貴方はどうしたいと思っているのですか?』

               

              以下省略

               

               

               

              この対話を通じて、心理カウンセラーではない人が思う印象はどんなものなのでしょう。

               

              解決に焦り、急ぎたい相談者としては、いつになったら解決法を教えてくれるのだろうと、イライラしてしまうことさえ、あるかもしれません。

               

              しかし、これは心理カウンセリングの世界において、一般的と言える話の聞き方だとされています。

               

              何故なら、心理カウンセラーは自分個人の意見を言ってはいけないという業界ルールに縛られているからです。

               

              筆者にとって、解決方法の例をいくつも知っているからこそ相談業をしているのであって、意見を言わないほうが良いというのは、納得のいかないルールです。

               

              しかし、”精神は簡単に語り尽くすことのできない尊いものである”という前提から始まっているこのサービスは、どうしても、簡単に解決させないことに、逆に重きを置くところまであるように感じます。

               

              ただし、これはこれで、心理カウンセリングの中の一つの手法であって、筆者はその手法によるカウンセリングをしているわけではありません。

               

               

              心理カウンセリングの手法は一つだけではない

               

              筆者は、短期療法(ブリーフセラピー)と呼ばれる、問題の短期解決を積極的に促す心理手法の専門家です。

               

              また、その専門家を育てる為の学術団体である日本ブリーフセラピー協会の大阪支部長でもあります。

               

              心理相談の手法にも、現実的な解決技法が存在するのです。

               

              ブリーフセラピーで相談を受けると、その対話は先程のものとまるで違うものになります。

               

              その例を挙げてみましょう。

               

               

               

              【ブリーフセラピーにおける相談の対話例】

               

              Cl「先生、この状況をどうしたら良いのですか?」

               

              Th『その状況の中には悪循環が潜んでいる気がします。どこにそれがあるのか突き止めたいので、もう少し詳しく教えてもらえませんか?』

               

              Cl「わかりました。これは◯◯との間にある問題で、いつも◯◯と話そうとすると、何故か話が合いません。相手を嫌いじゃないんですが、私に意見を言わせてくれないんです。このままでは苦しめられてしまうので、私が破滅しそうです。」

               

              Th『では、ある特有の状況では、いつも相手に話の主導権を奪われてしまって、気軽に意見できなくなるわけですね』

               

              Cl「はい、どうしたら良いですか?」

               

              Th『いつもどういった対話が、どこから始まるのか、もう少し聞かせて下さい』

               

              以下省略

               

               

               

              このように、現実として起きていることの中にある循環を見出し、それが変わっていくように日常生活で実践可能な具体的なアプローチ(行動)をアドバイスしていきます。

               

              もちろん、どうしてそんなアドバイスをするのかということに、安心してもらえるような根拠なども、併せてお伝えします。

               

              何をしていったら良いのかがわかるのは、相談者に大きな安心を与えることができるようです。

               

              筆者は、まだまだ一般的とはなっていないブリーフセラピーの手法を、公開型のイベントで知っていっていただけたらと願っています。

               

               

              レクチャータイムも好評

               

              上野大照 セラピーライブ

               

              セラピーライブでは、毎度短時間の心理に関するレクチャータイムもあります。

               

              特に、心理を整えることで、実際の問題を解決していくことが可能になるアイデアにこだわって、毎回お届けしています。

               

              次回セラピーライブは、こちらから詳細情報とお申込みができます。(お申込みは最下部の開催日時を選んで下さい)

               

              上野大照セラピーライブ詳細情報

               

               

               

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              筆者は、日々の生活が心豊かなものとなるよう、無料のメール講座による活動をしています。

               

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              いつもご愛読ありがとうございます。

               

              前回のブログ記事も物議を醸したようです。

               

              ご興味のある方は、どうぞお読み下さい。

               

              ⇒ 心理カウンセラーという嘘つき集団

               

               

              JUGEMテーマ:ブリーフセラピー


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                [心理カウンセラー養成] ブログ村キーワード

                 

                今日の記事は、少し勇気を出して、書かせていただきます。

                 

                あえて物議を醸すような題名にはしていますが、本質的な問題提起をしたいと思ってのことです。

                 

                私自身、心理カウンセラーの一人ですし、同業の人々や、業界お歴々の先生方のお怒りを買うべきでもありません。

                 

                しかし、私が私であるからこそ、書かせていただけるものでもあるように思うのです。

                 

                私は臨床心理士でもないですし、大学院でゼミに所属したこともないのです。

                 

                特に組織に経済性を依存していませんし、学閥らしい学閥にも属してない。

                (私のような者の所属を許してくださっている学術団体や心理業団体もあります。ありがたいことです。)


                だからこそ、こういった記事の配信を通じて、心理学(心理カウンセリング)に何か違和感をお持ちの方や、本質的に心理援助とはどうであるべきなのかと熟慮したい方、また心理援助を受けるとはどういうことなのかに関心の高い方に、是非とも読んでいただければと願っております。

                 

                 

                心理カウンセリングとは何か

                 

                そもそも、心理カウンセリングとは何なのでしょうか。

                 

                数年前、心理カウンセリングについてのアンケートで、一般市民を対象とした統計調査がありました。

                 

                そこに、効果の有無や、怪しい・信じられないなどの項目を退け、群を抜いて多かった答え。

                 

                それは、「よくわからない」というもの。

                 

                私達心理カウンセラーが思うようには、数年前の時点で、まだ心理カウンセリングの社会的認知は進んでいなかったようです。

                 

                その状況は、心理への関心が高まってきている現在であっても、まだ大きく変わってはいないと思います。

                 

                守秘義務で守られ、語られることのない秘密の部屋「カウンセリングルーム」の中では、何が実際に行われているのでしょうか。

                 

                上野大照 こころのオープンカフェ

                 

                実際、上記写真のような、甘いものを食べながら優雅な話が行われているわけではなく、多くの心理カウンセリングルームでは、殺風景な空間で、ある条件を前提とした対話が行われています。

                 

                ある条件とは、悩みやそれぞれの置かれている状況、感情などに対し、共感的理解を必要とするということです。

                 

                心の悩みは繊細です。

                 

                誰にでも相談できるような、簡単な悩みであれば、わざわざお金と時間をかけて、予約をとってカウンセリングルームに訪れることはありません。

                 

                これはある意味、軽い風邪程度なら医者にいかないという感覚と似ています。

                 

                軽く気持ちを聞いてもらいたいという程度の話ではないわけです。

                 

                私が過去の扱った内容にも、性の問題を含むもの、強迫心理による障害や、幻覚を伴う症状、謎の神経症状、複雑な家庭問題、DV被害や加害、犯罪被害や加害など、容易に触れにくいものがたくさんありました。

                 

                また、重大な金銭問題や不登校、不倫など、本人も扱いが難しい問題もあります。

                 

                理解してもらうにも、落ち着いて聞いてもらうにも、自分の近くに存在している人では、ちょっと荷が重い。

                 

                だからこそ、話を聞く専門家として、先ずは自分の複雑な心情や状況を、何かに決めつけずにわかってくれる。

                 

                そういうことが前提条件でないと相談しにくい。

                 

                これが相談者のニーズとしてあるのは当然です。

                 

                そこを大切にする意味で、心理カウンセリングは、受容共感という二大通念を、表向きは最重要として扱ってきたのだと思います。

                 

                受容とは、簡単に言えば、「貴方はそのままで良い」という姿勢です。

                 

                自分のことを過大評価する人も、過小評価する人も、他者を批判する人も、苦しみから逃げたい人も、ずるい思いが湧いてしまうという人も、欲にまみれてしまうことであっても、何もかもが、そこでは心理的には許されるという前提です。

                 

                それを守秘義務という、「ここで言うことは、外では絶対に漏らしません。」という誓約によって、好きなことを言って良いという環境が助けているわけです。

                 

                共感とは、「貴方の思いを、私は同じように感じています。」という感覚のことなのですが、不思議にも、これは技能的なものでもあります。

                 

                このことが、私のここから書かせていただきたい、心理援助という分野に関する問題と繋がっているのです。

                 

                 

                心理カウンセラーという板挟みの人たち

                 

                日本では、カウンセリングの神様とも言われる、現代心理カウンセリングの基礎を築いた賢人が居ます。

                 

                その名をカール・ロジャーズと言い、彼は先程の受容と共感を大変重視した心理カウンセリングを提唱しました。

                 

                カール・ロジャーズ

                 

                実は彼が登場するまでの心理カウンセリングとは、権威主義的な先生と生徒というような関係で守られていました。

                 

                そういう関係ですから、相談者はある意味、間違いを先生に指摘されるようなところがあったのです。

                 

                現在のように、相談者はどのように感じていても良いというような平等主義とは、決して言えないもので、結局のところ、なんでも言いたいように言って良いという感じではなかったのです。

                 

                その意味で、

                 

                『心理カウンセリングは、大前提として共感的理解を必要としている』

                 

                と定義づけた彼の遺業は大変なものであり、称賛に値されます。

                 

                ただし、それが中心の文化となり、それまでとは違う、受容と共感に偏らせた心理カウンセリング特有の対応について、私はある程度、違和感も感じています。

                 

                それは、相談者にとってカウンセラーが味方であり、考え方を支持されている関係の中で、受容と共感がなされていれば、相談者は勝手に心理的成長が促され、問題を解決していくと信じていたことによって生じたのではないかと、私は考察しています。

                 

                これを逆に言えば、徹底的に受容と共感がされない場合、相談者の問題は解決しないということ。

                 

                彼自身が言ったと言われている言葉に、こういったものがあります。

                 

                それは、「心理カウンセラーは人格者でなければならない」というもの。

                 

                これはどのような職業であろうと、ある程度当てはまること。

                 

                たしかに心理を扱うのであれば、余計にそう言いたい気もします。

                 

                ただし、この言葉をわざわざ強調しなければならなかった理由はどこのあるのでしょう。

                 

                従来の心理カウンセリングは、正直に思うがままを話すという側面が重視されています。

                 

                正直さを重視すれば、それは、心理カウンセラーに対する思いまで含まれてしまうのです。

                 

                そうなると、場合によって、心理カウンセラー自身が傷つけられるような発言も含まれてきます。

                 

                そう考えると、先程からお伝えしている、受容と共感を可能にするためには、人格者でなければ務まらないという側面を抱えていたからではないかと思われます。

                 

                そして、この記事を読んでくださっている方は、一度よくよくお考えいただきたいのです。

                 

                相談者の中には、先程言ったような大変複雑な心理と状況を抱えた方も来られます。

                 

                常軌を逸したように感じる考え方をお持ちの方もいるのです。

                 

                それに対して、本当に、心の底から受容と共感ができるのでしょうか。

                 

                殺人をしてしまったという人が、「人を殺したくもなる」という話を、本当に共感できるのでしょうか。

                 

                「死にたい」という話に対して、心の底から、「自分も死にたい」と言えるのでしょうか。

                 

                相談者ご自身が混乱していて、とりとめもない話が延々と続く場合、それをすぐに実感を持って共感し、受容できるのでしょうか。

                 

                私は、本当にはそう言えないという自分の恥ずかしい人格をあえてオープンにした上で、やはり多くの人は難しいと言わざるを得ないのではないかと思っています。

                 

                先程も書いた通り、共感とは、相手と共に同じ感覚を持つことです。

                 

                心理カウンセリングの場合、同じように感じられていることが、相手に伝わることを意味します。

                 

                この人には、本当に自分の感覚が伝わったと、相談者が感じている状態です。

                 

                私も、おそらくこれは本当の意味での共感だと感じたことはあります。

                 

                言い知れぬ涙が流れたことも、一度や二度ではありません。

                 

                しかし、すべての相談にそう言えるということなど、あり得ません。

                 

                やはり、共感しやすい相談もあれば、そうでない相談もあるのです。

                 

                もちろん、すべてのカウンセラーがそうであるとは言い切れません。

                 

                そういった誰もが尊崇の念を抱くような精神性の高いカウンセラーも、存在すると信じたいとは思います。

                 

                ただ、そういった人がどれくらい居るのか、また、そうなるためには、どれくらいの年数修行すれば良いのか。

                 

                そんな神をつくるような教育課程など、存在するものではないと私は思っています。

                 

                では、もし私の言っていることが、ある程度当たっているとしたら、心理カウンセラーという職業につく人は、いったいどういう心理的な環境の中で、仕事をしていることになるのでしょうか。

                 

                その実態は、どんな話でも、受容し、共感してくれる人という大きな期待と、実際にはそうできない場合もあるという苦しい実状に、板挟みにあっていると言えるのではないかと思います。

                 

                 

                心理カウンセラーの苦しみ

                 

                板挟みにあう心理カウンセラー

                 

                こういったことを書いていると、心理カウンセラーという人たちが嘘つきで、不誠実だという印象を受けてしまう人もいるかもしれません。

                 

                しかし、これは逆に、私が否定したいところ。

                 

                心理カウンセラーが受講する研修などに参加すると、そこに参加してくる人達などは、たしかによく周囲に配慮し、気遣う人たちだと感じます。

                 

                やはり優しい人が多いのでしょう。

                 

                心理カウンセラーになる動機も、学生時代にいじめを受けていたり、家庭に問題を感じていたことがきっかけで心理に興味を持ち、その成果を誰かの為に役立てようと思っていることが多いようです。

                 

                その意味で、悪意ある嘘をつく人たちでは、もちろんありません。

                 

                私がここで言いたいことは、そういったカウンセラーたちの内面の問題ではなく、心理カウンセラーの苦しみです。

                 

                それはいくら良い人たちだからと言って、すべての悩みに対して共感できるようなことは、決してないということです。

                 

                だから、受容と共感を第一義とするなら、やはりそこには何か偽善的で演技的な要素が入ってきてしまいます。

                 

                そのことが、今回の題名で書いた、嘘つきという表現に繋がるのです。

                 

                それを傾聴(耳を傾けて興味を持って聞く)という、技法によって、決してバレないように、うまく切り抜けることを強いられているわけです。

                 

                ひどい言い方をすれば、次のような相談者の心理があるとします。(あえて極端にしています)

                 

                『私はわがままで、先生を傷つけるようなことも言います。でも先生は、何を言おうが、私の味方ですよね。だってカウンセラーだから。そして先生は私がわかるように、私の機嫌をそこねないように、うまく私を正しい道に導いてくれますよね?』

                 

                もちろん、相談者の多くは、こんな極端にわがままな姿勢ではありません。

                 

                しかし、こういう大きく矛盾する期待の中で、身動きを酷く制限されているのが、心理カウンセラーなのです。

                 

                こういう話をしていると、勘違いしていただきたくない点もあります。

                 

                それは「心理カウンセラーはこちらのことを想っているわけではない。愛情などないのだ。」と感じてほしいわけではないということ。

                 

                もちろん、基本的には相談者のことを想っていますし、愛情を注ぎたいと思っている筈です。

                 

                少なくとも私はそう信じます。

                 

                問題なのは、”愛情の表現”と、”受容・共感”を一致させないといけないというところにあるのです。

                 

                もし、貴方が、自分の相手をしてくれている心理カウンセラーが、実際には共感していないが、その共感的雰囲気を醸し出す為に必死になって傾聴技術を駆使しているとしたら、どう思うでしょうか。

                 

                私は、相談者が”そんなカウンセリングは受けたくない”と思っても、仕方がないと思います。

                 

                もっと誠実で本質的な愛情を受け取りたいと願う筈です。

                 

                 

                お互いを本質的に満たすカウンセリングとは

                 

                 

                そもそも人と人が、完全に認識を同じにし、完全なる共感ができることなど、極めて稀なことです。

                 

                では、相談者が愛情に満たされ、心理カウンセラーも嘘をつかないで良い、そういう本質的な対話が可能なカウンセリングは無理なのでしょうか。

                 

                私は無理ではないと思っています。


                心理カウンセラーの未来を見据える

                 

                目指すべきは、認識の同一化や共感ではなく、相手の幸せを心底願う姿勢と、相手への理解、そして今後の人生を変化させていく提案にあるのではないかと思っています。

                 

                完全なる共感は簡単なことではない。

                 

                もちろん、それを長い意味での目標にすることは否定しません。

                 

                しかし、先ずは深い悩みに陥っている相談者に対し、理解者であることが先決であり、その問題を打破するための明確な支援(提案やアドバイス)ができることだと思います。

                 

                心理カウンセリングは技芸である。

                 

                お世話になっている心理業団体のある先生は、そう言い切られてます。

                 

                とても潔い言葉です。

                 

                私も、相談者を救う為、磨いてきた技芸によって最善を尽くすという姿勢こそが、心理カウンセラーの目指すところなのだと感じています。

                 

                どれだけトレーニングしたとしても、共感できないことはある。

                 

                しかし、理解を示すことはできる。

                 

                難しい問題もある。自分では役不足だと感じることもある。

                 

                しかし、何か今後を少しでも変えるような提案はできるかもしれない。

                 

                私自身は、ブリーフセラピー(短期療法)という心理技芸の専門家でもありますから、短期に問題を解決する為の提案技術をとても重視しています。

                 

                心理カウンセラーだって、もちろん一個の人格を持つ、当たり前の人間。

                 

                学ぶこと、経験を積むこと、技を磨くことはもちろん重要。

                 

                しかし、無理のある嘘を、技術でごまかすような心理カウンセリングの前提は、これからの時代に沿うものではないと、私は思います。

                 

                そして心理カウンセリングの本質に適い、誠実に対処できるカウンセリング教育の、指導的役割も担っていきたいと願います。

                 

                それはこの業界が本当に大切で、真に相談者が救われる体制構築に寄与したいからです。

                 

                現在の私は未だ、業界を支えるような立ち位置には居ませんし、今後もそういう大きな存在になるとは思えません。

                 

                しかし、こういう提言をしていく存在として、自分を磨き続けることに、誠実でありたいと思っています。

                 

                記事の中には、失礼な言い回しもあったかと思いますが、心理カウンセラー自身も、相談をする人も、皆が心底、気の通い合う関係でいられることを、心から願ってのことですので、お許し下さい。

                 

                 

                 

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                いつもご愛読ありがとうございます。

                 

                こういった内容にご興味を持っていただける方は、過去に書いたこんな記事もお読みください。

                 

                過去記事⇒ セラピストとは何か

                 

                JUGEMテーマ:カウンセリング


                0

                  [SNS] ブログ村キーワード

                   

                  少し前には、神奈川県座間市での連続殺人事件が連日報道されました。

                   

                  この事件はSNSによって「死にたい」などと投稿していた人に直接犯人が、「一緒に死のう」などと誘いをかけることによって起きていたと言います。

                   

                  時代のニーズが高まるSNSカウンセリング

                   

                  このことは国としても大変重要視されており、閣僚級の会合が開かれて厚労省にて早速予算がついたりもしているようです。

                   

                  そして既にSNSでは、文科省が先行して10代のいじめ対策が始まっており、私の昨年からそこに関わらせていただいておりました。

                   

                  SNSによるカウンセリングで何ができるのかというシュミレーションにも、モデルカウンセラーとして使っていただきました。

                   

                  そして先日(5月10日木曜日)、ついに東京(永田町・国会議事堂前にある参議院議員会館)にて「SNSカウンセリングシンポジウム」が開催(全国SNSカウンセリング協議会主催)されました。

                   

                  私は、講師をさせていただいている関西カウンセリングセンターのSNS相談事業スーパーバイザーという立場で、パネリストとしての出席です。

                   

                  当日は160名以上が参加される盛会ぶりで、テーマがこの国からSNS相談を通じて自殺を無くしていこうというものだったこともあり、党や派閥に関係なく、国会議員の先生方もずいぶん沢山ご出席いただいておりました。

                   

                  そのうちのお一人、今回SNS相談に国(文科省)の予算獲得に奔走してくださった浮島とも子衆議院議員のツイッターを紹介させていただきます。

                   

                   

                  イベント全体のチラシはこちらです。

                   

                  SNSカウンセリングシンポジウム チラシ表

                   

                   

                  SNSカウンセリングシンポジウム チラシ裏

                   

                  チラシを見ていただいてもわかりますとおり、大変多くの方々が登壇される形のシンポジウムでした。

                   

                  多くの国会議員と関連13団体が集結

                   

                  文科省・厚労省の担当者を含むどの発表も10分以内程度のもので、後半のシンポジウムでも、昨年から今年にかけてSNS相談を行った全国13の団体が数分ずつそれぞれの取組を伝えるという程度のものです。

                   

                  私もそのうちの5分ほど、発表させていただいております。

                   

                  SNSカウンセリングシンポジウムにてパネラーを務めた上野大照

                   

                  その意味で、今回のシンポジウム開催の意味は、その内容よりも、多くの国会議員、全国の関係団体が一つになって、SNSカウンセリングをこれから発展させていくと手を結んだことにあると感じました。

                   

                  私がお話した部分をSNSで公開してくださるという話もありますので、その際は、再度ブログ掲載もさせていただこうとおもます。

                   

                  SNSカウンセリングが始まった価値

                   

                  そして実は、数分で伝えきれるはずがないと思い、東京に向かう新幹線の中で、ツイッターの連続投稿で、伝えたかったことの概要を書いてますので、ここに転載させていただきます。

                   

                   

                  上記、日時のところをクリックしていただきますと、連続投稿を全て見ていただけると思いますので、SNSカウンセリングにおける私の意見を是非ご覧下さい。

                   

                  そしてこのシンポジウムに参加したことで、私自身もSNSカウンセリングに対し、新たに次のような認識が深まりました。

                   

                  ・SNSでも女性の方が圧倒的に相談率が高いということ

                  ・SNS相談の年齢層は主に20代までで殆どを占めるということ

                  (今まで手が届かなかった層に着手できた)

                  ・いじめ相談は中学1年生が特に多いということ

                  ・SNS相談は文字やスタンプ、写真などによるチャットのやりとりとなる為、対面や電話よりも相手の状況を掴むことに多くの時間がかかるということ

                  ・SNSであっても、対面や電話に引けを取らない心理的な成果を上げているということ

                   

                  SNSカウンセリング最大の価値は繋がりやすさ

                   

                  そして一番注目すべきは、やはり今まで相談してこなかった多くの若者が、今回の仮実施期間に相談してきたということです。

                  その数は、1日で数年分にも及ぶことまでありました。

                   

                  今の時代、SNSはやはりそれがなのだと思います。

                   

                  やってみて、やはり対面や電話よりも大変効率は悪い。

                   

                  しかし、情報を知ることができる確率が大きく変わる。

                   

                  今まで若者達に何が起きているのかを見定めるツールはないに等しかったわけですから…

                   

                  そして大きな問題となる前の対策ができることも多い。

                   

                  最大の課題は相談力の高いカウンセラーの養成

                   

                  その先にあることは、その他の方法で実施してきた自殺対策などと、同じような課題でしょう。

                   

                  その一つは、警察や支援団体などへどう繋ぐのか(アウトリーチ)。

                   

                  もう一つは、カウンセラーの相談力をどう養成するのか。

                   

                  たしかに文字によるカウンセリングは、対面・電話のような雰囲気によるものが伝わりにくいですから、相手からの情報獲得も難しいですし、他の相談方法よりも具体的に尋ねてもらえることや、アドバイスを求めている場合も多いようです。

                   

                  「気持ちを聞いてもらうことが解決へとつながる」という、従来の心理カウンセリングでは、うまくいかない。

                   

                  この点、私は逆に積極的な対話を生かした短期療法家ですから、従来のカウンセリングでは扱えなかった痒いところに手を伸ばせるのではないかと思っています。

                   

                  具体的には、

                   

                  ・短文で高頻度の返答能力

                  ・それは短時間で明確な状況掌握

                  ・現実的で具体的な行動提案

                  ・短文でも深く受容する傾聴の力

                   

                  などでしょうか。

                   

                  今後、こういった事業に対しても、より充実したSNS相談員を養成していけるよう、研修内容の提案などをさせていただく所存です。

                   

                  こちらは、今月末に発売予定のSNSカウンセリング入門。

                   

                  SNSカウンセリング入門

                   

                  私もコラムを1ページほどだけ寄稿させていただいております。

                   

                  長々と書きましたが、今後共、こういった活動を注目いただけると一番有難いです。

                   

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                  いつもご愛読ありがとうございます。

                   

                  JUGEMテーマ:SNSカウンセリング

                   


                  0

                    あけましておめでとうございます。

                     

                    私も他の多くの方々同様に、年末年始の休暇をとらせていただいておりました。

                    昨日から、通常の体制に戻っております。

                     

                    さて、新年最初のブログ記事は、この社会に未だ欠けているように感じる『統合』という視点について、書かせていただこうと思います。

                     

                    私の思うところ、人生における殆どの問題解決は統合にありますし、心も体も経済も豊かに生きる為に必須なのは、やはりこの統合という点にあると思うのです。

                     

                    この言葉には、合同、併合、連立、共同、合併などの似た言葉には入っていない、特別な意味が一つ込められています。

                     

                    それを知り活用することが、心理カウンセラーの私からすると、多くの人の人生を豊かにする為に、価値のある情報となるのではないかと思うことが、この記事を書く動機です。

                     

                    私たちは真の豊かさを手に入れる為に、何を知る必要があるのでしょうか。

                     

                    豊かな未来への道

                     

                    どうぞご自身の人生に参考としていただければ光栄です。

                     

                    そしてこの記事は、私個人にとって今年の抱負とも言えるようなものになると思います。

                     

                     

                    目指すべきは真に豊かな人生

                     

                    これをお読みいただいている方は、今の人生が心身共に豊かに感じられているでしょうか。

                     

                    もちろんそうであることを願いますし、程度は別として、この日本社会に生きているなら、それなりな豊かさに触れていると思います。

                     

                    もはや言うまでもないことではありますが、一応付け加えるなら、この豊かさとは、経済的な点だけを指すものではないことを申し添えておきます。

                     

                    経済が豊かなことは、心も豊かに生きる上である程度の条件にはなります。

                    物がないよりはあった方が良いでしょう。

                     

                    しかし、ある程度以上になった人たちにとって、それは幸せを運ぶ道具であって、幸せが何なのかを理解せずには何も得られませんし、多くを持たない時からこの思想であることの方が、結果として人生に心理的にも、経済的にも得られる効果が大きいと感じるのです。

                     

                    人生は簡単に言って、豊かさに触れているか、欠乏を感じているかに二分されます。

                     

                    そして欠乏を感じているとき、人は健康的にも大きなダメージを受け、それは日々を生きる生産性に甚大な影響を及ぼしています。

                     

                    欠乏を感じている人

                     

                    そして先ず、それぞれの人たちがどのような立場や役務にあろうと、真の豊かさを得る為に、共通していると思われる点について書いてみたいと思います。

                     

                    それは誰もが心を持っており、その心が願うことを手に入れたくて生きているということです。

                     

                    日々やっていることの全てはこのために行われており、浪費している時間は全てこのための時間です。

                     

                    この視点は、心理教育者であるからこその視点とも言えるとは思いますが、心理に関係のない職種の方であっても、ご理解を得やすいところだと思います。

                     

                     

                    人生が豊かでない理由は統合の欠如にある

                     

                    そしていよいよ今回の記事の本論とも言える統合について書かせていただきます。

                     

                    先ず、私が心理カウンセリングをしていてこれまでに一番多かった問題は、人間関係の問題です。

                     

                    人間関係問題の裏にある本質的な問題はいつも、他の人との感じ方や考え方、つまり価値観の違いです。

                     

                    全ての人間関係は価値観の違いから来ているとすれば、自分の価値観と、他人の価値観の統合ができれば、必ずその問題は解決します。

                     

                    人が所属する団体間の問題も同様です。

                     

                    ある団体が主張することと、別の団体が逆を主張することがあるなら、やはりそこには双方譲れないことによって軋轢が生じます。

                     

                    それもやはり統合的な視点があれば、うまくいくのです。

                     

                    この思考を大きく言うなら、かつてのアメリカとソ連の冷戦を終わらせた手法でもありますし、小さく言うなら個人間の不一致や不平等を解決する土台でもあります。

                     

                    事実かどうかは別として、坂本龍馬が歴史的に注目される理由も、司馬遼太郎氏がこの人物を、統合的な視点に長けた人物として扱ったところによるところが大きいと、私は感じています。

                     

                    そして経済問題や、自己不信、病気や障害など、すぐに解決は難しく、特殊に見える問題も、やはり統合の視点が欠如しているからこそ続いているものだと言い切れます。

                     

                    その答えは、自分と問題の間にある分離思考が、問題の解決を邪魔しているからです。

                     

                    人は誰でも、自分が望んでいない問題に直面したとき、それは自分とは関係のない、別のものだという反応を示しやすいもの。

                     

                    これがあらゆる問題の解決を邪魔しています。

                     

                    そして私は、数年かけて、この分離思考の最大要因を見つけることに成功しました。

                     

                    あらゆる問題の最大要因を導き出した試算

                     

                    それは、これまで問題解決専門にカウンセラーとして取り組んできた実績と、心理講座を続けつつ自分自身が探求を怠らなかったこと、そしてそれらを一つにし、あらゆる問題の奥にあるものを、私自身が統合したことによって、見つけることができました。

                     

                    このことは、私自身、見つけたからと言って、完全にうまく使いこなせているわけではありません。

                     

                    しかし、個人的には確信を持ってお伝えできます。

                     

                    それは、これさえ理解できれば、人生は本当に豊かなものとなっていく方向へ、舵を切れるということです。

                     

                    最大要因が何かについては、ここからの説明の最後の方になりますので、少し長いですが、お付き合いいただけましたらと思います。

                     

                     

                    統合とは何か

                     

                    では、いよいよここで言っている統合とは何かということについて、お伝えしていきましょう。

                     

                    このことを説明するには、会社の統合というものを例に説明するとわかるやすいと思います。

                     

                    会社には、二つ以上の会社が一つになるとき、主に合併、吸収、統合という分類が存在します。

                     

                    ここでは三社以上の話にするとややこしくなりますので、二社が一つになるとして説明させていただきます。

                     

                    この三分類を簡単に説明しますと、合併とは二つ以上の会社が文字通り一つになることを意味します。

                     

                    つまり、両方の会社がそのまま残されることになります。

                     

                    次に吸収ですが、これは一つの会社がもう一つの会社を吸収するということです。

                     

                    つまり、強い会社が弱い会社を潰し、自分のものにしたことになります。

                     

                    残った会社と消えた会社があるということですね。

                     

                    最後に統合です。

                     

                    これは会社の場合、事業統合とか、経営統合という表現で言われるものなのですが、一旦それぞれの会社とは別の会社をつくり、その会社が経営指揮をとる方式をとります。

                     

                    この場合は、両社が残ることもありますし、後々に両社を処分し、新しくつくった会社だけにすることもあります。

                     

                    どちらにしても、この方式の場合、両社の資源を残すだけでなく、両方の会社とは別の会社によって、新しい概念による経営が始まるのです。

                     

                    そしてこのことは、人間関係においても同じようなことが起きていることがわかります。

                     

                    二人以上の人が継続的な関係を維持している場合、そこには上記の合併、吸収、統合と似た関係が存在しているのです。

                     

                    合併の場合は、それぞれの領域には入らないような距離感で関係し合っていると言えるでしょう。

                     

                    吸収の場合は、どちらか一方が、自分の主張はまるで言えないという関係になっているかもしれません。

                     

                    統合の場合、これはあまり見受けられないのですが、両者が一つとして機能できる新しい概念を生み出すことを、互いに語り合うなかで導き出しているように思います。

                     

                    男性が女性を支配してしまうコミュニケーション

                     

                    この三つからすると、吸収のパターンが一番問題となりそうな気がします。

                     

                    しかし実際には、全てにおいてそうなっていることは稀で、何かの事項においては吸収の形となっているということだと思いますが、どちらにしても、両者または片方が大きな不満を持つことに変わりはありません。

                     

                    また、互いが同じ立場で、同じ権利だという合併のパターンでも、本当の意味で両者が心豊かに存在することは難しいでしょう。

                     

                    その理由は、心に本当の意味で思っていることを言い合ってしまっては問題となることを、お互いが自覚していることによって、そうならない適当な距離を維持しているだけだからです。

                     

                    つまり、ある意味相手に望み過ぎず、お互いが諦め、譲り合ったことによって、ある程度の満足に留めている状態だとも言えます。

                     

                    そして統合は、上記の二つとは違います。

                     

                    統合の場合、それぞれが持っている資源・持ち味を十分に加味し、互いが活きる新しい概念を導き出さなければなりません。

                     

                    その為に必要になってくるのは、資源・持ち味を活かし合うだけの、必要十分理解です。

                     

                    このことは、自己心理だけの場合であっても、同様に作用します。

                     

                    自分が自分を否定している状態は、やはり統合はできません。

                     

                    ユングという心理学者は、人生の意味は自己の内側にあるそれぞれの性格タイプの統合にあると言いました。

                     

                    その点においては、私も彼の意見に傾倒しています。

                     

                    また、運命などについてもやはり同じです。

                     

                    起きてくる出来事が、自分にとって望ましくない場合、多くの人は自分が負うべき責任のないものとして、分離しようとします。

                     

                    自分には関係のないものとして、運命の被害者となるのです。

                     

                    その場合、運命に対して逃げ腰ですから、自分の能力が十分に生かされることはありません。

                     

                    やはり、運命という機会を生かすも殺すも、それはその運命を受け入れ、今までとは違う概念を導き出そうとする姿勢が問われているわけです。

                     

                     

                    統合に必要な条件

                     

                    ここまでのことをご理解いただけたらなら、どのような問題であっても、統合という観点を持つことが重要なことだと気づいていただけると思います。

                     

                    そしてこの統合を起こしていくには、必要な条件があります。

                     

                    その一つは、統合したい人や物、出来事などについてよく見て理解することです。

                     

                    決してネガティブな事象だけではないのだと、解釈をし直す必要があります。

                     

                    次に、それを可能にする為には、ある種の勇気が必要になります。

                     

                    何でも、自分の解釈に間違いが含まれているかもしれないと思いながら、実際の事象を眺めることは、勇気が要ることです。

                     

                    しかし、勇気とは無駄に生まれるものでは決してありません。

                     

                    そのことに取り組むことによって、それまで以上の何かを手に入れられる期待があるからこそ、勇気を出すことができるのです。

                     

                    ここまでをまとめると、新しい希望に繋がる期待を持ち、勇気を持って現実を見つめ、新しい解釈ができるだけの十分な理解をするように取り組むことです。

                     

                    新しい可能性

                     

                    その上で、統合の本質である、それぞれの性質とは別の、二つが一つになったときに考えられる新しい可能性についてを想像し、それに従って互いの関係を創造していくのです。

                     

                     

                    人の統合を阻み続けてきたもの

                     

                    統合を起こしていく条件を満たし、それが可能となってきたなら、本当に多くの問題は解決に向かうでしょう。

                     

                    事実、私が心理カウンセリングをしていくとき、その殆どはこの考え方に従って解決しています。

                     

                    そして私が、この統合を阻んでいる最大要因だと思っているもの。

                     

                    それは男女の性についての問題です。

                     

                    男性と女性は、本当に相手のことを知りません。

                     

                    その理由は、相手固有のことである前に、異性が持っている特有のパターンについて、驚くほど知らないのです。

                     

                    私が最近、講座でも心理カウンセリングでも、よく言っているのは、こういう言葉です。

                     

                    『その問題は、貴方の問題でも、相手の問題でもなくて、人類共通の問題です』

                     

                    つまり、性についての悩みは、決して個人的な問題ではなく、人類共通の悩みのネタなのです。

                     

                    これは恋愛や結婚、性別特有の問題などについてだけを言っているわけではありません。

                     

                    そもそもの性についての無理解自体が問題を孕んでいると思うのです。

                     

                    何故なら性について、私のたちの多くは、小さな頃から”隠すべきものであり、決して見せてはいけないもの”として自覚しています。

                     

                    その前提があるからこそ、性について正面から向き合う事自体、避けることが当然のようになっているのです。

                     

                    男性が男性らしいとはどういうことなのか。

                     

                    女性が女性らしいとはどういうことなのか。

                     

                    それを知らずして、自分は何者なのかを理解することはできません。

                     

                    そして男性と女性が接するということは、そもそもどういうことができるのか、できないのか。

                     

                    このことについては、多くの男女が持つ知識も、やはりあまりに貧困なのです。

                     

                    そういった意味で、これこそが私の持つ今年の抱負になるのですが、男女という生物学的にも心理学的にも社会的にもタブーとされてきた領域に、統合を見出し、伝えていくことこそ、大切なことだと思っています。

                     

                    男女が統合され満たされる新しい世界

                     

                    男女の統合は、多くの人が本当に悩んでいることであり、そこに希望が見出だせるなら、ここまで取り上げてきた多くの問題に統合を見出すことは、とても容易になります。

                     

                    男女の話は、それだけで多くの分野を持っています。

                     

                    生物学的・心理学的・社会学的な自己理解から始まり、出逢いと別れ、恋愛、結婚、性生活、互いの文化と価値観など多岐に渡ります。

                     

                    そしてそれは、決して男女の話に終わらないのです。

                     

                    今年のテーマは統合(インテグラル)。

                     

                    ここからの心匠にご注目いただければ幸いです。

                     

                     

                    男女の旅という心理講座

                     

                    2018年の新年から、男女の旅(正式名称:心を学ぶ講座 男女編)という心理講座を始めます。

                     

                    心匠が探求し続け、統合の条件として結実した男女の旅。

                     

                    ご興味をお持ちいただける方は、どうぞその中身をご確認下さい。

                     

                    講座の説明をご覧いただけるだけでも、価値のある内容だと思います。

                     

                    心を学ぶ講座 男女の旅 男女編

                     

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                    いつもご愛読ありがとうございます。

                     

                    改めまして、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

                     

                     

                    JUGEMテーマ:心、体、そして魂。


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                      [心理カウンセリング] ブログ村キーワード

                       

                      少し前、知り合いの精神科医の方とお酒の席を同席させていただいたことがありました。

                       

                      そこでの対話が、私にとってセラピー(心理カウンセリング)とは何で、何を大切にしていかないといけないのかについて、とても考えさせられるものとなりました。

                       

                      お話の中身は、精神科医様の守秘義務に抵触することを避けるため、患者様との話はほんのちょっとのことでも内密にさせていただきますが、今回のことで改めて私の心の中に沸き起こったことが、今回の内容になります。

                       

                      そもそも欠けてしまいがちな視点とは

                       

                      心理カウンセリングをさせていただいてると、悩みが解決に向かう中で、何が解決に大きく関与しているのか、私なりに思うところがあります。

                       

                      それこそが、この世界の多くに欠けている視点なのではないかと思う部分なのです。

                       

                      それは「実際にはどのように機能しているのか」という視点です。

                       

                      私達が生きている社会には、多くの問題解決法がありますし、教育や成長、人間関係、心理などについて、これが良いという理論など、山のようにあります。

                       

                      しかし、その理論を試してみたときに、それが実際にはどのように機能するのか、やってみないとわかりません。

                       

                      言い換えると、未だ私達の生きる世界は、思い通りに起きることを予測できる程、うまくいってはいないのです。


                      しかり、それだけ言っても、わかりにくいかと思いますので、今回は、精神科の診断書という一つの例を使って、詳しく説明させていただきます。

                       

                      また少し長くなるかもしれませんが、心理に関係している方や、深くお悩みを抱えていらっしゃる方は、是非ともお読み下さい。

                       

                      精神科医の診断書は役立つのか

                       

                      今回、精神科医の先生と話していて、盛り上がったテーマ。

                       

                      精神科医の診断書

                       

                      それは、心理問題を抱えるクライアントにとって、診断書はいつ役立つのかという点です。

                       

                      診断書を、"役立つのか、役立たないのか"と語るのは、少し違和感を感じるかもしれませんが、これが今回お伝えしたいことに大きく関わっている内容なのです。

                       

                      先ず、精神病や心身症を診断されるとはどういうことになるのか考えてみましょう。

                       

                      診断された本人は、「何か普通じゃない感じがしてたけど、やっぱりそうだったのか」ということになり、苦しみにラベルが貼られ、そのラベルについて余計に深く悩んでしまうかもしれません。

                       

                      それとは逆に、診断されることによって、「病気なんだから仕方がない」と楽になれる人も居るでしょう。

                       

                      それは相談者(患者)本人の性質や、置かれている環境によって大きく変わってくると思います。

                       

                      もっと言うなら、本人が、「周りからどう思われるのか」によって随分意味が変わるのです。

                       

                      その扱いは国やそれぞれの所属する人間関係の文化によって変わってくるものだとは思います。

                       

                      そして筆者が知るところでは、周囲からこのように思われることが多いのではないかと、推察しています。

                       

                      何か大変だけど、どうして良いのかわからないもの

                       

                      未だ、この社会における精神病の扱いはあまり認知されていません。

                       

                      もし、心の問題に悩む本人と相手をするにしても、それを救うコミュニケーションは何で、逆に苦しめてしまうコミュニケーションが何なのか、わからない方が多いは実際のところでしょう。

                       

                      もしかすると、実際に診断された方の周囲の人の中には、自分の不安怖れが増してしまう方もいらっしゃるかもしれません。

                       

                      「正直、私は危害を加えられないだろうか」

                       

                      などと感じてしまう方も居るかもしれません。

                       

                      心理カウンセラーとしては言うべきでない発言かもしれませんが、仮にそうであっても、筆者はおかしいとは思いません。

                       

                      それよりも逆に、そういった反応を相談者本人が浴びる可能性があるということが視野に入っている方が、実際の援助には役立ちます。

                       

                      今回お読みいただいている方も、そう感じるでしょうか。

                       

                      仮にそうなってしまったなら、どのような影響が出てくるのか、もう少し解説します。

                       

                      人間の性質の一部には、違和感のあるものを排除したいという傾向がある

                       

                      これは心理の世界に仕事をさせていただいていると、強く感じられる人間の性質なのですが、多くの場合、人の集団は自分の中で理解できない存在に違和感を感じると、それに恐れや不安を抱き、排除しようとする傾向があるようです。

                       

                      もちろん、皆がそうではありませんが、そういうパターンはとても多く存在しています。

                       

                      このことを、太古の時代から歴史的に解釈するなら、集団が生き抜いていこうとき、違和感のある個人を入れておくことは、生存の危機に直結していたのかもしれません。

                      まだ野外に少数民族として暮らしていた時代なら、容易に想像できますね。

                       

                      このことについて私個人は、デビルマンという漫画の中で、周囲が悪魔と一体化したデーモンという人類の新種に違和感を持ち、殆どの人が排除しようとした中で、デーモンは悪い奴じゃないかもしれないと言った主人公の交際相手が、魔女として扱われ、酷い仕打ちを受けるシーンが思い出されてしまいます。

                       

                      デーモンを積極的に排除しようとしない彼女が、周囲の人からは、不安と恐怖の対象者になってしまったわけですね。

                       

                      その漫画のイラストをご紹介したいところですが、公開で画像として取り上げるにはショッキングな内容ですので、ここでは控えさせていただきます。

                       

                      しかし、その結果として悪魔と一体化した主人公(デビルマン)が残した言葉だけでも、何かを物語っていると感じますので、そちらの画像を載せさせていただきます。

                       

                      俺は身体は悪魔になった…だが人間の心は失わなかった。きさまらは人間のからだを持ちながら悪魔に!悪魔になったんだぞ!

                       

                      現代の社会ニュースなどもそうですね。

                       

                      陰湿で凄惨的な事件が報道されると、そこに込められた悪がそうさせたと捉え、それを排除する為にはどうしたら良いのかという観点で、更に報道が上乗せされていくという感覚が、この時代になっても感じるのは、なんとも言えません。

                       

                      しかし、こういう筆者の話もまた、そうなってしまう人々を悪く言っているように思って欲しいと言っているのではないのです。

                       

                      どうあがこうと、まだまだ人々は、集団になると、そういう性質を持ってしまうものなのです。

                       

                      「本当にはそう思わない。でもここで生き抜く為には、私が所属する集団の意識に協調性を見せておく必要がある」

                       

                      そう考えることは多いもの。

                       

                      それを責めるのもナンセンスだと筆者は思っています。

                       

                      居場所を失うことは、誰であっても大きな問題なのです。

                       

                      診断書の価値がそうであって欲しいと願うこと

                       

                      もちろん、診断書が出たとしても、その影響が悪い方へばかり向かわせるわけではありません。

                       

                      職場の心ある人々が、そこまで至ってしまった経緯に関心を持ち、深く話を聞いて心を癒やしてくれるかもしれません。

                       

                      積極的にその人の為に何ができるかと模索してくれるかもしれません。。

                       

                      何もできないと知っていても、せめてその心を理解してあげようと、優しさが増すかもしれません。

                       

                      誰であってもそういった美しい話を聞いたことは、一つや二つではないでしょう。

                       

                      筆者自身も、そうでありたいと願っています。

                       

                      診断書を出す側も、もらう側も、そんな願いが少なからずあるのではないでしょうか。

                       

                      そのことは、おそらく医師にもある程度あるのではないかと思っています。

                       

                      ただ、筆者がこの記事で伝えたいのは、全ての人がそういう肯定的な反応をするわけではないという実際面なのです。


                      そうであって欲しいと願うことと、実際にそうなるということとは、いつも少し違う側面があるのでしょう。

                       

                      診断書が役立つタイミング?

                       

                      こういったことをベースに話を戻しますと、最初の話が少し伝えやすくなります。

                       

                      精神科で診断書をもらった人への、周囲が発する実際の反応は、どうなることが多いのでしょうか。

                       

                      自分とは違うと感じた存在に恐れを抱き、簡単には排除するとまではいかなくとも、多少の距離を置きたくなることは少なくありません。

                       

                      その理由は、これまで書いてきた通りです。

                       

                      そして、そもそも診断書とは、いつ取得するものなのでしょうか。

                       

                      その多くは、自分の勤め先に対し、休養の必要が認められることを医師に証明してもらうタイミングで使われているようです。

                       

                      もちろん、一度休職期間などに入ると、経過報告や、復帰のタイミングでも必要になります。

                       

                      その他に家族や親族へ何かの理由で診断書を見せる必要があることはありますが、あまりそれが主たるものではありません。

                       

                      だとすると、最もポピュラーな使い方は、雇用主に見せることです。

                       

                      ただし、ここで一つ問題が発生します。

                       

                      それは、患者自身がどういったところに勤めているのかということです。

                       

                      他に替えがきくような、大きな職場であれば、休養、休職、復帰という流れの為に、使えるかもしれません。

                       

                      しかし、小規模事業、個人事業に雇用されている方などの場合、その人が居ないと、売上に直結してしまいます。

                       

                      小さな規模では、誰かがしばらく居ないということに対応できませんし、休職期間に標準的な給与の6割を支給するという雇用主負担も、小さな規模では支給が難しくなります。

                       

                      そういったいくつかの意味で、もし職場に残り続けるとしても、その人に雇用主が負担を感じることは少なくないでしょう。

                       

                      そうなると、小規模事業の場合は、診断書を持っていったとしても、単に職を失っただけという悲しいストーリーが待っている可能性もあります。

                       

                      このことについて、今回、対話をさせていただいた精神科医の先生とは、診断書を書くことが、患者への援助だとするなら、その背景をどうやって確認していくのかが課題になるということを確認し合いました。

                       

                      私のような一人の心理カウンセラーの意見を、ちゃんと受け止めて下さるのは、本当に有り難い医師だと感じた瞬間です。

                       

                      人間に起こる問題と解決の本質

                       

                      そして、筆者がこういった話題をご紹介した理由は、決して診断書について深く考えて欲しいからという、限定されたものではありません。

                       

                      人間に起こる問題と解決していくための本質的な話題を提供したいからです。

                       

                      それは、何が作用して悲しいストーリーが生まれたり、逆に問題が解決していったりするのかを、見極めることだと思っています。

                       

                      筆者は、この作用機能という言葉に、まだまだ私達一般人は無知だと感じているのです。

                       

                      少し前のブログ記事に、心理療法の中でブリーフセラピー(短期療法)というものがあり、その療法家たちが大事にしているのは、プラグマティズム(合理主義とか実用主義と訳されます)だということを紹介しました。

                       

                      該当する記事⇒ ブリーフセラピー協会学術大会2017に参加して

                       

                      筆者がこのことを通じて言いたかったことは、個人の気持ちがどうであるという以上に、どんな人間関係でも、実際にそこに起きていることを中心に問題を分析するべきでしょうし、実際に起こりうる解決策を立てるべきだと思うわけです。

                       

                      私達の住む世界は、実際のところ、まだまだそれがズレてしまっていると筆者は感じます。

                       

                      この問題はこうである筈だと論じて実践し、結局は予想通りに物事が進まず、机上の空論となってしまうのです。

                       

                      だからこそ私は、そのことをこの社会に伝え続ける使命を感じていますし、心理カウンセラーや心理系のセラピストを育て、支援し続けています。

                       

                      人の心がどのように実際に作用され、機能するのかを深く理解できた心の専門家(心匠)を、もっともっと増やしたいのです。

                       

                      心の専門家になれる講座

                       

                      私はブログ記事などを頻繁に更新する能力はありませんので、この記事が2017年最後となると思います。

                       

                      2018年1月21日からは、私が主催する心匠セラピスト養成講座9期がスタート致します。

                       

                      この講座を学んだ人は、心の実際についてを多くの点で理解するわけですから、周囲への存在感がシフト致します。

                       

                      現在、受講生募集中ですので、こういったことにご興味のある方は、是非半年間の深い心の学びに飛び込んでみて下さい。

                       

                      詳細は次の画像リンク先から、見ることができます。


                      心匠セラピスト養成講座

                       

                      そして、こういう主張をする私が、問題を解決していく対話を生で見ていただけるセラピーライブが、1月14日(日)にあります。

                       

                      ご関心のある方は、是非とも見ていただきたいと思いますので、次の画像リンク先で詳細をご覧下さい。

                       

                      後半は、私に繋がるセラピスト達の交流会にもなっていますので、そういった方々と知り合いたい方もご利用下さい。

                       

                      セラピーライヴ 上野大SHOW

                       

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                      いつもご愛読ありがとうございます。

                       

                       

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