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    • 2018.12.30 Sunday
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      [瞑想] ブログ村キーワード

       
      ペルソナ



      私はブリーフセラピストとして、問題の短期解決の為、基本的には古典的な心理学をあまり重要視していませんが、ユングが基だと言われているペルソナとシャドーに関する心理学的視点はよく考えています。

      人は対人関係においてペルソナ(仮面)を前に出し、シャドー(自我)を隠す傾向にあると言われています。

      このシャドーが真の人格で、ペルソナは偽物だと言う人もありますが、私はそうは思っていません。

      どちらも人を構成している側面だと思います。

      しかし、ペルソナ(見せている自分)を意識することに固執し、シャドー(心に思っていること)を押し殺していると、実際にはそう思っていることを、自ら否定しているわけですから、心理的に自己否定を引き起こしやすくなります。

      本当には怒っている自分。

      本当には悲しい自分。

      本当には寂しい自分。

      そんな側面を表に出すことができず、それを続けていると、いつの間にか意識すらできなくなることがあります。

      シャドーは間違いなく存在します。有るものを無いものにしようとするとき、存在を失いたくない無意識的心理が、存在を証明し始める。

      それは時に内蔵を蝕み、時に皮膚へと病理を起こし、時にうつなどの気分障害を引き起こします。

      どんなに逃げても、自分が思っていることから逃げることはできません。思っていることは、思っているわけです。

      しかし、ペルソナとシャドーの壁が分厚くなってしまい、開通できなくなってしまっているなら…

      私は瞑想をお勧めしています。

      自分が思っていることから逃げず、少し時間をかけて内面を見つめてみる。

      そんな時間は、貴方にとって今本当に必要なことを教えてくれるかもしれません。

      ご興味を持っていただけます方は、大照が主催する「瞑想体験講座」を一度ご確認下さい。
       
      瞑想

      いつもご愛読ありがとうございます。


       
      JUGEMテーマ:瞑想

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        [無意識] ブログ村キーワード

         

        人は常に二つの存在を持ちあわせていると言われます。

        それは意識無意識

        無意識という言葉から受ける印象としては、意識できない部分という気もしますが、普段そこに目を向けていないだけで、とても身近な存在であり、目を向けてみれば確かにそう思っているとも言える不思議な存在。更には意識を向けることすら難しい領域も存在するようです。

        そして今はこの二つをあえて分けて表現していますが、そもそもは一人の中に存在するもの。

        だとすると人は常に自分が思っていることの一部しか理解できていないということになります。

        そしてどうやら意識できている部分は、常に意識できていない部分(無意識)よりも相当少ないとも言われています。

        それをイメージで表してみます。

        普段、意識は私達にとってこれくらい大きく感じられるているでしょう。

         
        意識


        しかし、それをもう少し広角に捉え直すと、このような膨大な無意識の上に、ごく一部(氷山の一角)として認識できているに過ぎません。

         
        意識は氷山の一角


        この比率について正確な数値があるかどうかはわかりません。

        しかし私は、感覚として実際の比率はもっと大きな差があるのではないかと思っています。

        もし、私達が無意識的にやっていることを、普段すべて意識しようと思うと、そもそも私などはこうやって文章を打つことができなくなります。

        キーボードを一字ずつ確認しながら打鍵することになるわけですから、面倒くさくて困ります。実際、文章を打つときは考えているよりも手の方が先に動いていますので…

        人は呼吸を勝手になっていますが、そこに意識を向けない限り、自動的に現在の生命活動に適したスピードや深さが自動調節されています。

        空気中には膨大な量の病原菌や悪性ウィルスが存在していますが、免疫という機能がいつも私達の外界との接点をゴールキーパーとして守りつつ、入ってきたとしても、自動的に中和し続けてくれています。

        その他にも身体に関するあらゆる反応がそうなっています。

        これが感情になるともっと複雑で、喜怒哀楽や好き嫌いの反応など、何がどうしてそうなるのかを捉えることなど不可能に近い領域です。

        そしてこの無意識の存在は、ときには意識に対して最大なる功労者となりますし、ときにはこれほど邪魔な存在はありません。

        あるときは思いも付かなかったアイデアを出してきてくれますし、とてもネガティブな気持ちが湧いてきたり、自分の可能性を自ら否定して、行動を抑制したりもします。

        注意して自分の無意識的な声に耳をすませば、いつも勝手に話し、勝手に恐れたり、勝手に人を褒めたり馬鹿にしたりもしているのがわかります。

        よほど気楽に生きている人か、よっぽど精神修行を積んだ人でなければ、頭の中はいつも忙しいのです。

        そう考えると無意識は、本当に意識に対して大きな大きな力を持っており、知れば知るほど制御することなんて不可能なのではないかと思わされます。

        また、心理カウンセリングの世界にとっても、この無意識的な領域はいつも大きな課題となっている永遠のテーマです。

        私が悩み相談のカウンセリングをしていていつも思わされることとして、一般的に人は、「自分の存在や他人の存在についてを完全掌握し、思い通りに生きていきたい」と思ってしまう傾向があるようです。

        ある研究によると、アメリカのアルコール依存症を解決するための団体「AA(アルコホーリクス・アノニマス:日本でいうところの断酒会)」において、「アルコールを飲んでしまっても自分を制御できる」という思い込みが強い人ほど、依存症からの脱却が遅くなる傾向があるそうです。反対に「もう私は私を制御できないのだ」と完全に諦めてしまった人ほど、速く症状から解放される傾向があることもわかっています。(出自:グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」)

        そう考えると、私達は「自己(無意識)を制御したい」というとても難しい問題とわざわざ正直に向き合ってしまうからこそ、「生きる」ということを難しくしてしまう傾向があるのではないかと思うわけです。

        では無意識を制御するということについて、完全に諦めてしまうとはどういうことを意味するのでしょうか。

        それを実際的に生活に落としこんで生きていく為にはどうしたら良いのでしょうか。

        それについてもう少し詳しく書いてみようと思いますが、私の仕事時間が無くなりそうなので、また次回にさせていただきます。

        数日中には書きますのでご期待ください。

        いつもご愛読ありがとうございます。

         
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          突然ですが、貴方は誰かの頭の中がまるまる見えてしまったら良いのにと思ったことはありませんか?

          私はあります。

          しかし、心や思考というものは、どうも実体が掴めないもので、物理的に理解できるものではないようです。

           
          頭の中


          この記事は以前に書いた記事『自分の中に居るもう一人の「自分」(前編)』の続編となっております。

          まだ前回の記事をお読みでない方は、そちらからお読みいただけると幸いです。

          そして前回書いた記事の中で、

          私達は「自己(無意識)を制御したい」というとても難しい問題とわざわざ正直に向き合ってしまうからこそ、「生きる」ということを難しくしてしまう傾向があるのではないかと思う

          と書きました。

          それは一体何を意味するのでしょうか。


          人が自分の思考や感情を整えたいとするのは、ある意味当然の筈です。

          悲しい気持ちを持てば、それが続くと諦めが強くなってしまい、日常生活に支障をきたします。
          そのため、そんな状態から早く逃れたいのは当然ですし、嬉しいという感情を抱いたとしても、そればかりではどんな落とし穴があるかわかりません。浮足立って何かの事故に巻き込まれてしまうかもしれません。

          朝起きた瞬間から何故か気分が良く、様々なことがうまく運び始める。

          そんなことも自動的に起これば良いですが、何故かそういう日は少なかったりする。

          思考という意味では、いつでも素晴らしいアイデアが湧き出てくれたらどんなに良いかとも思います。

          しかしこれもまたそうもいかない。

          やはり人は、普段意識できない領域(無意識)のことを、なんとかして自分の意志でコントロールしたいのは当然でもあり、それがコントロールできないということも、薄々は感づいているのではないでしょうか。

          しかし、これが本当にそうだとしたら、他の人との人間関係は更に複雑です。

          自分の内面すらコントロールできないのに、人の内面をコントロールすることなんてできるのでしょうか。

          これもまた答えは必然的にNOだと言える気がします。

          しかしこの分野は更に一段階大きなものとなってしまうので、ここでは詳説を省きます。
          (また別に書こうと思います)

          自己をコントロールできないものだと理解したなら、コントロールすることを止める方が早い。

          それが前回お話した一つの解決策なのですが、それだけ聞くとただあるがまま生きることになって、動物的な気もします。

          それは本能的に生きるという意味ではストレスフリーになれるのかもしれませんが、きっと他の人と共に生きていくことは難しくなるでしょう。

          では人間として丁度良い無意識の扱いとは何なのか。

          私は簡単に言ってしまえば、無意識と仲良くなることだと思っています。

          私から見て、どうも人生がうまく言っていない人というのは、自分の無意識と戦っている感じがするのです。

          現代の脳科学は随分と発達しましたが、脳によって成される思考システムが明らかになればなるほどあまりに複雑で、簡単に説明などできるものではないことが、それを知っていれば知っている人ほど明らかです。

          そうすると、意志によって自分の思考を完全にコントロールすることはできないわけなので、やはり答えは支配を諦め、仲良くなることなのではないかと…

          そして先ほど書いた無意識と戦うというのはどういうことでしょうか。

          これはある意味、自分へのダメ出しです。

          感情の起伏に飲み込まれ、何かがうまくいかない。そんな自分を責め、出てくる感情と更に戦おうとする。

          良いアイデアを出そうとすればするほど、集中できず、くだらない日常の不満や雑念にかられてしまう。そんな自分を責めるから更にストレスが募っていく。

          だからこそ、そんなどうにもコントロールの利かない存在に対してすべきことは、出てきた感情や思考を生かすようにすること。

          雑念や無駄な考えばかりが浮かぶときは、まあそういうときなんだなと自己を許し、そんなときなら作業効率も悪いだろうと諦めて休んでしまうか、そうもいかないときは、効率が悪いわけだから生産性は低いと自覚しつつ、特に自分を責めずに時を過ごす。

          悲しみにやられてしまったり、どうも鬱々としてしまうときなどは、やはり自分を許し、「いつも頑張ってるもんね」と内面に声掛けしてあげるような気持ちで自己と接する。

          もちろん不思議にもうまく行っているとき、それを止める必要もありませんから、なんだかわからないけどうまく行ってるなと受け止め、それがうまく行き続けている間は同じペースで進めてみる。

          日本語には「融通無碍(ゆうずうむげ)」という言葉がありますが、良い言葉だなと私は思っています。

          ある意味、自分の心や頭の中に降参し、そこに合わせて受容したり、ときにはあまり取り合わないようにしたり、意識側の自分が自分の無意識的なものに振り回されないようにするということでしょうかね。

          沖縄の人たちは、人に「何でお前はそんなんなんだ!」と問われた時、決まって「なんでかね?」と返す対話法があると聞いたことがあります。

          つまりなんだかわからないものだから、まともには取り合わないというとても効率的な対話の仕組みなのでしょう。

          それを言われた方も、そのまま笑って終わり。

          とてもよい習慣だと思います。

          更に詳しいことをお聞きになりたい人は、私が主催するセミナーなど、イベントにお越しください。

          こういったテーマでお勧めなのは、「瞑想」や「こころの仕組みセミナー」というイベントです。

          下記5月度イベント情報よりご確認いただけます。



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            [人格] ブログ村キーワード





            ペルソナと内面の人格











            私はよく、人には本当の顔嘘の顔があるように言われている会話を耳にします。





            「あの人はあんなふうに見えるけど、本当は酷い人なのよ!」





            とか、





            「付き合い始めて何年も経って、あの人の本当の人格がわかってきた」





            とか、





            そんな言葉を聞くと、私はどうしても反応してしまいます。





            何故かと言えば、その言われている相手も、言っている本人も、人によって評価はマチマチだからです。





            たしかに、その人がよく言われる人格というのはあるようです。





            それは、多くの人にとってそう見えるということでしょうか。





            だからといって、それが本当にそうなのかどうか、やはり私には疑問が湧いてしまうのです。





            表に見せている顔・裏に隠し持っている顔




            ユングという心理学者は、人は初めから様々な性質を持って生まれてくると説かれました。





            その中で人とうまく共存できなかった部分を自分の内側に閉じ込め、未発達なままにしておく傾向があるのだそうです。





            それをユングの分析心理学では、
            シャドー自分の中の影としての性質)」と言います。





            そして逆に誰かとうまく生きていくためには、自分の全てを曝け出していてはいつも問題化してしまいがちですから、仮面をつくり、自分の内面を隠す性質が必要になってきます。





            これが分析心理学で「ペルソナシャドーを代表とする内面を隠す為の性質)」と呼ばれるものです。





            絶対的な人格は存在しない?




            しかし、コミュニケーションという観点から見れば、固定的な人格というものはないのではないかと私は思っています。











            それはよく外面の仮面として言われるペルソナも、内面の本来の人間性とか、隠し持ってきたシャドーであってもです。











            人は、ある人から見れば良い人であり、またある人から見れば悪い人だったりもするでしょう。












            しかし私は、それがどちらも絶対的に存在してるとは思えないのです。











            優しさや冷たさ、感受性の高さや低さなどに関してでさえ、やはり誰かと比べることで、どの程度か認識することができます。












            比べる対象がなくても存在するもの絶対とい言い、比べるものがあるからこそわかる観点相対と言うのだと思いますが、私は人の特徴というもの関して、主に相対で見る方が、人間関係というものを見つめてみるとき、効果的な考え方だと思っています。




            人格を決めつけなければ「新しい自由」が手に入る




            人格や性格というものは絶対なものではなく、








            「あの人は、私という人との関係においてはこう見える」








            「それとは別の人との関係においては◯◯に見える」








            と対象となる相手によって分けて考えることで、





            では私のどんなコミュニケーションが、相手にそういう反応をさせるのだろう」





            と考えることができ、違う
            パターンを試せるという「新しい自由」が生まれます。











            もし絶対という観点なら、相手に嫌な部分が見えたとき、その特徴によって問題が起きているなら、修復のしようがありません。





            だから人はそう受け取ったとき、別れを切り出します。





            人が根本的な人格を持っていると思い込んだなら、そうするしかないわけです。












            相手は根本的にはどのような人でもなく、単に、








            私の目からはこう見える








            というように考えられたなら、そこに共に存在している自分が関係してそのように見えてしまっているとも捉えやすくなります。





            実際、私がやっている心理カウンセリングはそういう方法で困っている人の対策を施します。





            困っている人には何もできないと考えるより、自分がアプローチを変えれば違う人になるのだと知れば、きっと自分の生き様はもっと自由になるのではないでしょうか。





            そうすれば自分も他人も





            新しく変わることができる





            と信じられるようになりますから、価値ある
            新しい観方となりはしないかと私は考えるのです。












            このブログの読者の皆様が、自分にも、他人にも固定的な観念で苦しまないで生きていけることを願っております。





            ー・ー・ー・ー・ー・ー

            こんな記事もご覧下さい

            ー・ー・ー・ー・ー・ー

            自分の中に居るもう一人の「自分」(前編)

            自分の中に居るもう一人の「自分」(後編)

            ペルソナ(仮面)とシャドー(自我)という考察





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            瞑想は、最適な意識状態に至ることがとても難しい心理技術です。



            その探求は数千年に渡って行われてきました。



            しかし、催眠療法の技術を応用することによって、意識は通常よりもとても早く深化できます。



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              [もう一人の自分] ブログ村キーワード
               

              【 自分を管理するのが「メタ認知」 】


              「自分がもう一人居る」ということについては、心理業界でも長年の大きなテーマになっています。


              そしてこのことはそもそも不健全なものではなく、「自分を自分で感じる」というごく当たり前の人間としての能力です。


              自分という存在について知覚できることを、「メタ認知」と言います。


              メタ認知の「メタ」とは、離れて見るとかというような意味で使われる言葉で、


              まるで自分から離れて自分を認知しているかのように扱う言葉なので、


              そう呼ばれているのだと思います。


              本来、これがあることはとても健全なことです。


              自立、自律、自制、自省、自戒などの全てはメタ認知なくしてはできませんし、自分の人生に新しい目標を持つことなども、この能力があるからこそできることです。


              私が行うどの教育プログラムでも、カウンセリングでも、このことはとても意識していることです。

               

              【 メタ認知能力を高めるには 】


              メタ認知能力を高めることは、人生においてとても大切なことです。


              冷静に自分を評価判断できなければ、人はいつも自分が何をやっているのかもわからず、人生を自分の思う通りに生きることができません。


              では、この能力はどうやって高めるのでしょうか。


              これは一つ、とても簡単な方法があります。


              それは、


              貴方は貴方自身をどう評価していますか?


              と尋ねることです。


              これは私がよくお客様にする質問です。


              そうすると、自然に評価している自分と、評価されている自分が居ることがわかります。


              評価している方がメタ認知であり、評価されているのは自分の一部ということになるでしょうか。


              よく使う言葉に、葛藤というものがあります。


              これは主に二つの選択肢に悩むことを意味しますが、この場合、どちらにしようかと悩んでいる自分はメタ認知能力を発揮していることになりますから、自分は選ばれる二人とそれを選ぼうとする一人の合わせて三人居るわけですね。

               
              メタ認知


              悩んでいるとき、自分はどちらなのかと本当の自分を探してしまうこともあります。


              これは三人の自分なのに、二人だけの中で本当の自分を探しているということになるのだと思います。


              この状態は実際と違うので、とても不自由で悩みが解決していきにくいものです。


              その意味で、先ず、


              自分を批評したり、判断する自分が居ることを自覚することが大切で、


              そうすることでメタ認知能力が開花することとなります。


              メタ認知能力は貴方が貴方らしく生きる為にとても重要なもの。


              その扱い方を知ること貴方が生きる自由度を格段に引き上げてくれるでしょう。


              次回はメタ認知能力を使って、どのように自分を扱っていくのか、もう少し詳しく書いていこうと思います。

               
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              JUGEMテーマ:心理学

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                [自分らしさを取り戻す] ブログ村キーワード

                 

                人にはそれぞれ生きているフィールド(環境)があります。

                 

                しかし、自分が心から認められ、自分らしく能力を発揮しつつ、そこにやりがいを見出して存在していられる場所は、必ずしも多くはないではないでしょうか。

                 

                そこで今回は、心理学講師の一人として、環境に合わせつつも、自分らしさを失わずに、生きる方法について、書かせていただこうと思います。

                 

                "貴方らしさ"を取り戻す物語

                 

                Be yourself

                 

                よく、誰かを助けたいと思うとき、"貴方らしくもない"というような言葉を耳にします。

                 

                それは当の本人が、普段相手に見せている雰囲気とは違う何かを意味しているのだと思います。

                 

                しかし、この"貴方らしい"という響きは、一体どんな性質を指して言っているのでしょうか。

                 

                以前、看護師のお仕事をされている方のパーソナリティ(性格)を、講座で紐解いたことがありました。

                 

                彼女はとても周囲に対して積極的ですし、とても気遣いを意識していることが、その言動からよくわかる雰囲気の方です。

                 

                それはある意味、彼女を深く知らない人にとって、"彼女らしい"という状態であると予測されます。

                 

                人間には、それがどのような人であっても、他者との関係を一定に保つ為の仮面的な心理が存在します。

                 

                これをユング心理学(分析心理学)では、ペルソナ(仮面心理)と呼ぶそうです。

                 

                私は、"その雰囲気はいつ頃から始めたものですか?"と問いかけてみました。

                 

                彼女は少し考えた上で、"大学の頃からのような気がします"とのこと。

                 

                私がここでお話したいことは、自分が今の自分らしい雰囲気を身に着けたのは、必ずしも生まれた頃からではないということです。

                 

                そこには、何か理由があるのでしょうか。

                 

                "そういう雰囲気になる前、貴方はどんな人だったんですか?"

                 

                そう訪ねてみます。

                 

                彼女はまた少し考えて、"もうちょっと気の弱い感じだったような気がします。周囲のこともあまり気にしないというか…"と言われます。

                 

                大人になっても、こういった性質の人は居ます。

                 

                でも彼女はその性質を捨てたのか、隠したのか、どちらにしても表に出すことをやめ、現在のような雰囲気になったようです。

                 

                ということは、どうやら必ずしも皆が同じ人間的成長をしていくという話にはできないようです。

                 

                どちらにしても、どうして人は変わってしまうのでしょうか。

                 

                性格という言葉には、捉え方が大きく二つほどあるようで、一つは、人は固定的な性格を持っているというもの。

                 

                もう一つは、人は誰と居るのかによって性格が変わるというもの。


                前者は、人は生まれながらに持っているものが発揮されていると表現しますし、心理学的にこの流派は、セラピーにおいて本来の自分に戻していくようなアプローチをします。

                 

                後者の心理学派は、人の性格は常に今共に過ごす人との関係を調整する為に変化するという考え方ですので、今共に過ごしている人との関係に焦点を当ててアプローチます。

                 

                しかし、私はそのどちらでもあるように感じています。

                 

                やはり当人が大体どこに行っても見せている雰囲気というのはありますし、かといってプライベートで過ごしている家族と、公に見せる職場などでの雰囲気が変わるのもまた当然です。

                 

                どちらにしても、そういった今の自分全体を指して、"貴方らしさ"と表現することはできるでしょう。

                 

                先程の彼女に、"何をきっかけにそういった性格になっていったのか、出来事を思い出せますか?"と尋ねてみました。

                 

                当初"そんなことはなかったような…"と言いつつも、私からいくつかの質問を繰り返していくと…

                 

                "実はその頃に家族関係の変化がありまして…"

                 

                重たそうに口を開いた彼女からは、当時の家族関係の変化が語られました。

                 

                突然に語られる過去の出来事に、共に参加した参加者達も息が詰まります。

                 

                私からは、こう返しました。

                 

                "たしかにその時のご家族との関係を考えると、現在のような見せ方を手に入れることは仕方がなかったと思います。ただ、ここで扱いたいのは、今になってその頃の自分に戻れるとしたら、本当にはどうしたかったと思いますか?ということです"

                 

                彼女から一筋の涙がこぼれました。

                 

                その後に出た言葉は、

                 

                "本当は助けて欲しかったんです…"

                 

                私からもう一つ質問しました。

                 

                "貴方はその言葉、普段からあまり使えないということがありますか?"

                 

                彼女は即座に答えます。

                 

                "もちろんです。助けてなんて簡単に言えません。"

                 

                "もちろん?どうして助けてっていうことはおかしいと当たり前のようにおっしゃるのでしょうか。"

                 

                "あ!"

                 

                実はこのことが、彼女の職場でも関係していました。

                 

                もっと自分の後輩などとも距離を近づけたい。

                 

                仲良く仕事をしたい。

                 

                しかし、いつの間にか彼女はお局様となり、若い看護師達などからは嫌厭される存在になってしまっていたのです。

                 

                何も自分から距離を置いて、冷たい関係になりたいわけではない。

                 

                少なくとも意識的には…

                 

                それをしていた彼女のパーソナリティを良く言うなら、"責任感"であったと想像できます。

                 

                最後に私が伝えたのは、

                 

                "もちろん、すぐにそういう人になりましょうと言っても無理があるでしょう。しかし、今日話したことは、これからの貴方が、貴方らしさを取り戻すヒントになる筈です。"

                 

                ということでした。

                 

                実際、そこから彼女の職場環境(人間関係)は、少しずつ変化が始まりました。

                 

                 

                自分らしさを失わずに生き抜く方法

                 

                ここまでのストーリーをお読みいただき、"自分らしさ"について、どのように感じられたでしょうか。

                 

                自分らしさとは、普段よく人に見せている部分なのでしょうか。

                 

                逆に、いつも表現せず奥に隠している心理を意味するのでしょうか。

                 

                それとも、もっと無意識的な領域に存在するものなのでしょうか。

                 

                もしかすると、内部にはない新しい何かが加わることで、本当の自分が手に入るのでしょうか。

                 

                筆者はこう考えます。

                 

                そのどれが本当の自分なのだと決めつけるよりは、どれも自分とその一部なのだということです。

                 

                そうなのであれば、今の環境に合わせて、自分を分析・分解・再統合し、新しく創り出せることこそが、自分らしさを失わずに生き抜く方法なのだと思うのです。

                 

                そしてできれば、一時的でその場限りの自分づくりであってはならないと思います。

                 

                そういった方法論自体を学び、手に入れてしまえば、今後の人生全体に大きな好影響が望めるかもしれません。

                 

                筆者のアプローチは独自のものですが、こういった心理の学びは多くの場所に存在していると思います。

                 

                こういうことにご興味をお持ちの方は、是非近くのそういう機会を見つけ、取り組んでみていただければ、これからの未来に、何か特別なボーナスがあるかもしれません。

                 

                一応、筆者の提供するこの分野の心理学講座も紹介させていただきます。

                 

                ご興味のある方は、どうぞご覧下さい。

                 

                心を学ぶ講座 心理編 自己の旅

                 

                7月開講講座もありますので、平日昼間ではありますが、ご都合を合わせられます方は、受けてみていただきたいと思います。

                 

                初回のみ体験参加も可能です。

                 

                 

                心を学ぶ入門講座・継続開催がスタート

                 

                先日、筆者がこれまで主催してきた心理講座を、一つの統一論的にお伝えする『心を学ぶ入門講座』を初開催させていただきました。

                 

                講座ではここまで書いてきた話の土台となるような、心理学といっても代表的なアプローチがいくつも存在し、そのサンプルを紹介しつつ、実生活に即活かせるものも、積極的にお伝え致しました。

                 

                ご感想もいただいてますので、ご紹介したいと思います。

                 

                上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

                 

                「力動論と行動論について、学び、知識を整理することができました。また、異性との統合については、日常の中で以前から問題意識があったので、有益でした。」

                 

                上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

                 

                「何だか自分を知りたい、相手を知りたい、その思いから参加をしました。

                今までとは違うアプローチに、日常の生活に即取り入れられる、又、講座の中で様々なこと(記憶)が蘇ってきて、自らに笑えました。ありがとうございました。」

                 

                上野大照 心を学ぶ入門講座参加の感想

                 

                「ゲシュタルト認識=記憶と体験から成り立っていることがなるほどと思った。相手の話を聞くとき、どのような認識を持っているのかと観察しながら聞こうと思います。」

                 

                それぞれに得ていただいた視点が違うのも、開催する筆者側としては嬉しいところです。

                 

                実のところ心理学といっても、大変多くのものがあり、それが自分が求めているものに直結するのかどうかは、運次第のようなところがあります。

                 

                この講座開催に込めた願いについては、筆者が動画を撮影させていただきましたので、ご覧いただけましたら幸いです。

                 

                 

                心理学をこれから学びたい人の為に、遠回りせずにご自身の求めているものへ近づくことができるよう願っております。

                 

                前述の心を学ぶ講座 心理編〜自己の旅〜などは高額ですぐには手が出ないという方もいらっしゃるかもしれませんので、その場合、こういう講座で少し内容をかじってみていてだければと思っております。

                 

                上野大照 心を学ぶ入門講座チラシ

                 

                 

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