[カウンセリング] ブログ村キーワード
おはようございます。今日は少し早起きして、36歳の誕生日の
朝を迎えました。
ここまでご支援くださっている方々、本当にありがとうございます。
より一層気を引き締め、悩みに苦しむ人達の為、鋭意努力させて
いただくことを固く誓います。
そしてのこの佳き日に、自分の立ち位置がわかるような言葉を
クライアントからいただけたので、書き残しておこうと思います。
それは精神科医とセラピストの違いです。
「精神科医は病気を見ている。セラピストは心を見ている。」
クライアントは直接的にこういったのではなく、次のように
言っておられました。
精神科に行くと、思っていることはあまり扱ってもらえません。
状況の判断は心理テストで行われた結果で判断されているので、
こちらが思っていることはあまり聞いてもらえないんです。
先日、私が抱える状況を解決したいと話したら、「ここは
そういう場所ではないです。それでは治療ができなくなって
しまいますよ」と叱られました。
そしてここは、それとは反対に思っていることをそのまま言って
ほしいと言われます。精神科では、病気があるんだから治療
としてこう考えるべきだと、考え方を決めつけられるのでまるで
反対です。
私は話を聞いていて、今までもそういうことなのではないかと
予想はしていたのですが、実際そうなんだなぁと余計に感じて
いました。
もちろんこれはクライアントが言ってくれた言葉なので、
一部の精神科医を指すのかもしれませんし、精神科医は治療を
促す意味で、気持ちのブレで安易な判断をしないよう注意を
していたのかもしれませんので、安直に批判はできません。
そしてセラピストと言っても私と同じような考え方と手法の人
だけを指すのかもしれないということをお伝えしておきます。
私のセラピーは、症状そのものを扱うことは稀です。
殆どの場合、その症状が生まれる背景となっている周辺状況に
対して効果があらわれるように取り組みます。
そして最も重きを置いているのは、クライアント自身がどう
思っているのかです。
こちらから見てネガティブに思えることでも、クライアントから
するとポジティブな話のときもあります。
こちらから見てポジティブに思えることでも、クライアントから
するとネガティブな話のときもあります。
しかし基本的には表情にあらわれていますから、出来事を語って
くれたときには、それは嬉しかったんですか?とか、それは
残念だったんですね…とか、そういう単純な話が続きます。
心理カウンセリングはクライアントの言葉の意味に囚われると、
話がうまく進みにくくなります。どうも自分のことをうまく
表現できないという状態を抱えつつ、相手には出来る限り理解
してほしいというジレンマを抱えているのでしょう。
だからこそ、私が捉えたことと本人が思っていることの差を
埋める会話を大事にするわけですし、その話し自体が結果として
セラピーになっているようです。
最後に、最初の言葉を私の言葉に変換させていただくと、
「病人であろうとなかろうと、人はいつも心を持って生きている」
という感じでしょうか。
というわけで36歳になりました上野大照を、これからも
何卒よろしくお願い致します。
大照のメルマガは悩み解決の為の様々なヒントを伝授させて
いただいております。
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