自己を磨き人を導く心理学

子育てにお悩みの方へ

やる気を育てる子育てコーチのブログ
子どものやる気を育てる教育団体 東大阪青少年スポーツ育成クラブ

セラピーを受けたい人は…
(心理カウンセリング)

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

categories

archives

0


    筍子

     


    人に関する存在学の中に、よく相反する学説と言われている二つの考え方があります。

    それは性善説と性悪説。

    私は間違いなく性悪説の方が重要度が高いと思っています。

    そもそもこの二つの正確な意味をご存知でしょうか。

    性善説はとくに説明の余地はないでしょう。

    重要なのは性悪説の理解です。(写真は性悪説を説いた筍子です。中国では切手になってるんですね。)

    性悪説とは、人は欲望に囚われやすい生き物であるが故に、常に自らを律し続けなければならないという教えです。

    ということは、二つの論理は対極ではないことが見えてきます。

    性善説は、人はそもそも善なる存在だからこそ、人は信じるべきであるということ。自分も信じるべきであるということ。

    性悪説は、陥りやすいものには気をつけ続けなければならないという戒め。人が既に悪だと言っているわけではなく、悪いものに染まりやすいという注意を促しているだけなのです。

    だとすると、この二つはどちらかを選ぶものなのではなく、どちらも採用するべきものであると思います。

    その上で、私はどうして性悪説の重要度が高いと言うのか。

    それはパターンの少ないものは、パターンの多い方へ自然に流れるものである自然の理があるからです。

    これは自然科学を知った人なら、特に疑う余地のない、宇宙のシステムです。

    宇宙はそのようにできているわけです。

    人が人として幸せに暮すためには、人らしい秩序が繰り返されている必要があります。

    秩序が整っているというパターンは、無秩序というパターンに比べると、圧倒的に少ないわけです。

    ということは、意識し続けなければ、秩序は無秩序へ自然に流れてしまうということ。

    この自然な流れを見ようとせず、恐れや怠惰で、流れに乗ってしまうことの方が大事だと、何か正当な理由のような言い逃れをして、望ましくない方向へ行ってしまうことが往々にしてあるのです。

    人は思うがままに生きれば良いだけではない。

    楽な方へ流れてしまえば良いわけでもない。

    人は人としての秩序を知り、守り続けなければならない。

    それを忘れてはならないと思うわけです。

     

     

    主催コンテンツのご案内

     

    心匠セラピスト養成講座の詳細はこちらの写真からリンク先をご覧ください。

     

     

     

    心匠セラピスト養成講座

     

    10月25日からは日曜日の月2回・半年コース(17期)も開催されます。(申込み受付中)

     

    私の無料コラム・心理と人間関係の無料メルマガ・最新イベント情報は、こちらへご登録ください。

    現在、コロナ特別支援の動画3本を登録者に視聴プレゼントしています。

     

    心匠 上野大照のメルマガ こころの仕組み

     

     

    YouTubeの動画コンテンツは、こちらからご覧ください。

     

    こころのミカタ 上野大照 YouTubeチャンネル

     


    コメント
    コメントする