自己を磨き人を導く心理学

子育てにお悩みの方へ

やる気を育てる子育てコーチのブログ
子どものやる気を育てる教育団体 東大阪青少年スポーツ育成クラブ

セラピーを受けたい人は…
(心理カウンセリング)

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

categories

archives

0
    人の繋がり

    私を注目して見て下さっている人たちが、どうして注目して下さっているのか、私はある程度知っています。

    それは決して私自身のことではなく、私が研究してきたものと、それによって得た「独自の視点」があるからです。

    私はそもそも末期がんや難病の人たちを治療する現場から、心理研究を始めるに至りました。

    その人たちには皆、「家族やご自身にとって大切な人間関係」があり、病気の有無に関係なく、その人達とどういった関係を築いているのかによって、生きている満足度がまるで違うように見受けられていました。

    そのことは、死を迎える直前にある人たちでも、同じことが言えました。

    その意味で、私にとって「死」という大きな恐れに繋がるイベントも、必ずしも恐れる必要はないのだと思えるようになったのも事実です。

    死を恐れるよりも、「どのような死を迎えるのかを見定めて生きること」が大切だと思えるようになったのです。

    そして、何が独自の視点となっていったのかと申しますと、人に起きていることを、当事者である一個人だけの原因で捉えないという点です。

    私が傾倒している心理療法にブリーフセラピーというものがありますが、この考え方の基本には次のように記されています。

    「病理はコミュニケーションによって維持されている」

    というのです。

    これを説明しますと、長く続く症状には、それを続けてしまうだけの理由が存在すると言ったら良いかと思います。

    例えば風邪を引いたとして、季節の変わり目で、そのときたまたま身体を冷やしてしまったところが原因だったとしても、その後いつまでも治らないのは、また別の理由があるということになります。

    その「理由」というのが、「誰かとの人間関係」にあるという視点です。

    安易な表現で言えば、風邪を引いてしまっても、自分を心配してくれないようなことが続くと、もっと症状が強くなったりするとも言えますね。(もちろん本人にとっては無意識的なことで、実際はもっと複雑です)

    私はそれまで、「【人生の質】は誰と共に、どうやって生きるのかが決定づけている」と思っていたので、この概念を知って随分と納得したのを覚えています。

    そしてこのことを皮切りに、私の研究は「人の知」とはそもそもどのようなものなのか、どこから生まれ、どのようで在るべきなのかという学びに没頭するようになりました。

    ある意味、「人間とは何者なのか」という研究とも言えると思います。

    それも一個人の研究である脳科学や心理学ではなく、人と人、人と自然、人と科学などの「繋がり(関係性)」という独自の視点から見た研究です。

    そしてこの視点の研究を、いつまでも飽きさせない歴史的論客がいらっしゃいました。

    それがグレゴリー・ベイトソンであり、科学と哲学を融合した文化人類学(認識論)という分野で知る人ぞ知る「知の巨匠」と言われた存在です。

    この人は、日本では専門分野の人にしか知られていませんが、実は1950年代以降、世界の科学前進に寄与した世界的科学者です。

    そして彼がこの世を去る1980年まで、研究し続けた分野があります。

    それがなるものの認識論」という分野であり、人が神や自然、宇宙という言葉で語っている生命の神秘を、科学的に解明しようとしたのです。

    その研究はあくまで仮説的ではありましたが、彼の死後、その娘で同じく文化人類学者となったメアリー・キャサリン・ベイトソンによって「天使のおそれ」という本となって、出版されました。

    私はこの本の存在を知り、その解明にとりかかりました。

    しかし、この本を理解しようと思うと、大きな壁が何度も訪れました。

    私が学んだことのない前提となる深い知識が必要とされることが何度となくあったのです。

    その分野とは、ベイトソン特有の説明法への慣れ、ユングが物語ったプレローマとクレアトゥーラという精神と物質の区別、進化と成長の違い、科学と宗教の歴史、サイバネティックス、社会構成主義、人間コミュニケーションの分類、瞑想や催眠などで、不学な私には、それぞれを学ぶうちに気づいたら3年という月日が流れてしまいました。

    学術書などの専門書をそれほど学んだことのなかった私にとって、こういった学びの一つ一つが重たい課題としてのしかかりました。このことは「これらの一まとまりとしての学びはいつになったら終わるのか」という焦りも生んでいきました。

    しかし、その学びは一つずつが大きく生かされ、細かな知識が集積し、結果として「知の巨匠は、その一生を通して何を目指していたのか」を知るに至りました。

    それが「この世界の構造(知)に伴った私達人間という生命が持つべき生き方の指針」を打ち立てることだったのではないかということです。

    ベイトソンは、世界の構造を知る為に、科学とは何か、宗教とは何か、文化とな何なのか、成長や学習とは何なのか、そしてそういったすべてを繋ぐ理屈を仮説立てると何が出てくるのかという論法で、科学的に生命の意味を探求していきました。

    根拠のわからない宗教的な前提ではなく、科学という分析的な世界から見えてくる「聖(神)」という仮説を導き出し、私達がモデルとすべき生き様が見えてくることを狙っていたのだと思います。

    ベイトソンは、天使のおそれという著書について、その意味を一言で言っています。

    それは「人生の優美さの研究である」と。

    私は彼が生涯にわたって研究し尽くした「聖」、そして「優美に生きる」という意味を仮説的にではありますが、解釈できるようになりました。

    そして私が3年を要したこの研究成果を、この年末にワークショップとして提供させていただくこととなりました。

    題して「2016美しき人生を創造するワークショップ」

    詳細はこちらの画像をクリックして、ご確認ください。
     
    朝日と人の繋がり


    未だご登録でない方は、メルマガもご登録ください。

     
    JUGEMテーマ:生き方

    0
      • 2019.05.28 Tuesday
      • -
      • 14:27
      • -
      • -
      • -
      • -
      • by スポンサードリンク

      コメント
      コメントする








         
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック