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    [偶然の一致] ブログ村キーワード

     

    突然ですが、こんな写真があります。

     

    鷹人間

    (写真提供 知ってほしいnews_〆(・ω・ )ノ

     

    これはたまたま手前に居る鷹と、奥に居る人が重なって写真におさまったことで、特有の雰囲気になっているものだと思いますが、こういったことを、偶然の一致と言います。

     

    そして今回の記事では、この「偶然の一致」について、人の心理についての独自の視点を持つ心匠として、コメントさせていただこうと思います。

     

    偶然の一致はスピリチュアリズム(精神主義)

     

    「偶然の一致」という言葉は、スピリチュアルを大切にする人々の多くに語り継がれる言葉です。

     

    このことをシンクロニシティと呼び、ウィキペディアなどにも詳しく書かれている通り、日本語に訳すと共時性とか、共鳴性などということになるのだと思います。

     

    実はこのことについて、ツイッターに連続投稿で長々とつぶやいたのですが、今回それを校正し直し、改めてブログ記事として公開し、偏ったスピリチュアリストが語りがちな偶然の一致(シンクロニシティ)とは対照的に、ある意味現実的な側面を貫く認識論者として考察してみます。

     

    これを書く理由としては、偶然の一致を信じれば全てはうまくいくという安易なスピリチュアリズムに対する警告でもあり、逆にこの考察を通じて、スピリチュアリズムを日常に生かして、豊かな人生を生きていただく為の手助けとなれればとの思いがあるからです。

     

    認識論とは、人がどのように物事を認識しているのかという認知学のことであり、もう少し広く言えば、認知学自体について考え直してみようという、深い学問でもあります。

     

    認識論的に考えることができれば、この世界は現実的に考えても、精神主義にひけをとらない幸福への態度をとることができます。

     

    認識論では、リアリティで精神世界を紐解くことができる

    (写真提供 MAG2NEWS

     

    このことについては、後述する私の略歴をご参照下さい。

     

    偶然の一致を人はどうやって認識しているのか

     

    では本題に入らせていただきますが、先ず、認識論で物事を考えるなら、先ずは"どうやって偶然の一致が起こるのか"という原因と結果の考察の前に、人が何を偶然の一致と捉えるのかについて意識する必要があります。

     

    実際の偶然の一致がどうかは別として、"どのようにそれを認識するのか"ということですね。

     

    いつも通りの日常にある出来事が、いつも通り起きただけで、それが偶然の一致と捉えるかどうかを考えてみましょう。

     

    おそらくそれはないのではないかと思います。

     

    偶然誰かと出会えたときの表情

    (写真提供 bokete

     

    だとすると偶然の一致と捉えるものとは、特別に待ち望んでいた出来事について、そう思うのではないでしょうか。


    少なくとも、日常的(非日常)的な何かに繋がらない限り、それをわざわざ偶然の一致などという言葉で表現することはないでしょう。

     

    そしてこの場合、一致という言葉は、「何かと何かが繋がった」ということを意味するのだと思うのです。


    それは一体、何と何の繋がりを指すでしょうか。

     

    例として、昔の知り合いと似た人が通りすがりに見当たったとします。

     

    何か気になるので、しばらくその人を眺めていたら、思ったよりも時間が経ってしまってその先にあった何かの予定に遅れてしまった。

     

    その結果として、何かの事故を免れたり、その為にその先の場所で実際に会いたいと思っていた人に偶然会ったりするということもあるかもしれません。

     

    『何となく会いたいと思ってたら会えた』

     

    というような話は、枚挙にいとまがありません。


    私自身、自分にも人にも良く聞く言葉です。

     

    偶然の一致とは、何と何が一致したことなのか

     

    仮にこういった出来事を偶然の一致とした場合、「自分には関係ないと思っていたこと」と、「望んでいたこと」が繋がったことになるのだと思います。

     

    今回の例で言うなら、「似た人をただ無意味に眺めていた」ということと、「事故を免れた」または「望んでいた人に出会えた」ということが繋がったことになります。

     

    おそらく偶然の一致という言葉が指している両者の繋がりとは、こういったことなのではないでしょうか。

     

    それは日常の中では意識し難い、今後の人生に良い意味があることは間違いないでしょう。

     

    普段では起こり得ない、良い出来事です。

     

    だとするなら、それは不慮の災難を免れるか、思ってもない喜びに繋がるものだということになります。

     

    当時大人気だった歌手の坂本九さんが、飛行機事故で亡くなったのは、国民的大ニュースだったと親からよく聞かされたものですが、こういったことも、何かの虫の知らせがあって免れたらよかったのにと思うストーリーだと思います。

     

    坂本九

    (写真提供 wikipedia

     

    また、人はタイミング良く何かが連続していくと、その方向へと人生が引っ張られるものです。


    個人的には、お勧めや注目の商品をうまくネットブラウジングに刷り込ませてくるAmazonなんかは、この仕組みを逆利用している典型例だと感じています。

     

    そして「不慮」や「思ってもない」ということが意味しているのは、日常の中では意識できないものだったということになるのではないでしょうか。

     

    つまり、日常的なサイクルの中にはない出来事が、そこに挟まったことになります。

     

    しかし、先程の例で言うなら、単に自分がどこかへ行こうとして移動していたという行為は、日常的だった筈です。

    ではいつもと違っていたのは何だったのでしょうか。

     

    何が偶然の一致を引き起こすのか

     

    それは「過去の知り合いと似ている」と感じたことによって、いつもとはややちがう意識が関与したことによるのだと思います。

     

    この、

     

    『やや違う意識が関与した』

     

    というところが大切です。

     

    しかし、そんなことは、私たちの日常に、いくらでも起こり得ることなのではないでしょうか。

     

    日本に住んでいるなら、季節の移り変わりだけでも、色が日々変わっていきます。

     

    共に暮らす人でさえ、毎日同じ様子しかないことなどあり得ません。

     

    私達の日常は、些細ではあっても、実際には日々変化に富んだものなのです。

     

    そういうことを考えていくと、

     

    『些細な出来事に大きな意味が込められていて、それが原因で人生が今までにはない前進をする』

     

    という強引な解釈(私はこのことを偏ったスピリチュアリズムと呼んでいます)よりも、そう日々の出来事を捉える「期待」にこそ意味があるとは言えないでしょうか。

     

    私は、セラピストや占い師が起こしていることは、この「期待」にあるのではないかと、認識論的に理解しています。

     

    ならば逆に、日々の些細な出来事に大きな意味があるかもしれないという期待をどうやって湧出するのか。

     

    そこが日常を今までとは変えたいと願うときの論点になるように思うのです。

     

    といっても、それが然程難しくないことは、ここまでの文脈を理解した賢明な方であれば、よくわかると思います。

     

    今までの日常を変える非日常は、当たり前の日常の中に潜んでいると知るだけで良いのです。

     

    私達の日常をどのように捉えるのかは、その日常の主人公である本人の自由です。

     

    何も変わらないと捉えて絶望的な日常が続くと捉え続けることもできますし、全ては希望が満たされていく為に起こり続ける非日常の連続だと捉え始めることもできます。

     

    『そこにあるのは意識の差であって、出来事の差ではない。』

     

    そんなふうに捉えてみることもできるのではないでしょうか。


    そしてこのことについて申し上げておきたいのは、逆に、日常の中に特別な出来事は入ってこないという、冷淡な解釈を無理やり理解すべきだと言いたいわけではないということです。

     

    人生にラッキーなことはもちろんあります。

     

    運勢もおそらくはあるのだと思います。

     

    その意味で、そういった専門の職業にある人達を批判する意味は、私は持っていません。

     

    私がお伝えしたいのは、特別なラッキーが生じなくても、その幸運と同じ仕組みを日常の中に作り上げることができれば、それだけ日々の生活に潤いを持てるのではないかと期待できるのはないかということなのです。

     

    偶然の一致を妨げるもの

     

    そして私は心理カウンセラーとして、こういった「偶然の一致」の基となる意識を妨げるのが何であるのかも、わかっているつもりです。

     

    それは結局のところ、自己不信なのではないでしょうか。

     

    ここで言うそれは「私に新しい未来など見つける力がある筈がない」という認識のことを意味しています。

     

    そしてここまでくると、心理カウンセラーやセラピスト、占い師、その他多くの援助者がやるべきことは、「貴方は貴方のままで間違いない」と伝えることにあるのだということがわかります。


    おそらくわからないのは、それを実際にはどうやってやるのかということでしょう。

     

    それをやれば良いもわかっていたとしても、実際にはそうならないことなど、山のようにあるからです。

     

    その仕組みを、さらに詳しく語っていきたいところなのですが、今回のこれについて、恒例の年末のワークショップに機会を譲りたいと思います。

     

    小さな部屋でやる数名のワークショップだからこそ、せめて両日満席になるくらいにはなってくれたらと願います。

     

    しかし、こういった私が主催するイベントに参加できなかったとしても、今回書いたような日常は見る目一つで違うものと捉えることはできるという考え方を、是非とも意識して生きてみていただきたいと思います。

     

    それが何かのお役に立てれば幸いです。

     

    ワークショップの詳細は、後半のイベント紹介にて、ご覧下さい。

     

     

    心匠 上野大照って誰?

     

    この記事に何かの縁で辿り着き、お読みいただくことになった方へ。

     

    心匠 上野大照

     

    お読みいただき、とても光栄です。

     

    既に私の主催する講座や、心理カウンセリングなどによって深く繋がって下さっている方もいらっしゃると思いますが、こういった記事はまだあまり私のことを知らない方も読んで下さっていると思いますので、少しだけ私の紹介を兼ねたことを書かせていただこうと思います。

     

    私は仕事も住まいも大阪で構えています。心理カウンセラー&心理教育講師です。


    心理学という業界の中で、積極的に行動を変化させて現実を変えることを主題とするブリーフセラピー(短期療法)という手法を主に扱っているところに特徴があります。


    その為、その手法を扱う日本ブリーフセラピー協会では大阪支部長をさせていただいていたり、関西カウンセリングセンターという関西では一番大きな心理教育団体での講師も務め、短期療法を中心にカウンセラーの養成にも携わっています。

     

    心理の学びは専門的にスタートしたのは2007年からになります。


    その意味では、この業界に入ってまだ10年ほどの経歴ですから、新米のようなものです。


    2009年には非営利団体にて心理セラピストとして活動を始め、2013年に民間で独立開業しました。

     

    この業界には、とても多くの専門家の先生方がいらっしゃいますので、私ごときが専門家と名乗るのは恐縮なのですが、何を得意としているのかという視点で申し上げますと、実は心理カウンセリングよりも、認識論という学問が好きで、最も得意な分野だと自認しております。

     

    先程取り上げた説明の仕方なども、認識論的な説明法ですね。


    認識論とは、何が真実なのかという視点よりも、「人がどのように認識してそう解釈しているのか」というように考える学問なのです。


    私はこの考え方を、グレゴリー・ベイトソンという故人から、主に書籍を通じて学びました。

     

    彼の著作はどれも難しいものばかりなのですが、難問を紐解いていくようなストーリーにやみつきになり、数年かかって代表作は大体読み終えました。

     

    今となっては、この視点が心理カウンセラーとしても、講師としても、大いに役立っていると私自身は思っています。

     

    特に短期療法では、彼の考え方を基盤としていますので、余計に運が良かったと思います。

     

    最早、こういった認識論による視点は、私にとって違和感のない当たり前のものとなってきていますが、読者様にとっては、ちょっと一風変わった捉え方に感じるかもしれません。

     

    そしてこういった物書きとしての性質が、ある意味読者様の人生を動かすきっかけになれればと願っています。

    是非、私のような人間の物言いを、何かの参考にしていただけそうであれば、月数回の配信をしている無料メルマガへご登録下さい。

     

    先ずは、数年前に書いた願いが叶う生き方についての無料メール講座から入っていただくことをお勧め致します。

    9回の無料メール講座が終わりますと、自動的に月数回のメルマガ「こころの仕組み」へと登録されますので、よろしくお願いいたします。
    (※届いたメールから読者解除もできますので、私がお役に立てそうにない方は、いつでも解除してくださってかまいません。)
    気楽にお読みいただけたら幸いです。

     

    貴方の人生を自由にする8つのステップ

     

    twitterFacebookもやっておりますので、どうぞフォローして下さい。

     

    イベント紹介

     

    前半で取り上げていた、偶然の一致を引き起こしていく人生の創造法について、今年は年末に2回同じ内容でワークショップを開催致します。

     

    現時点では、両日とも、まだ数名の申込みが可能ですので、ご興味のある方は、飛び込んでみていただけたら幸いです。

     

    詳細はこちらのリンクからご覧下さい。

     

    美しき人生を想像する1Dayワークショップ2018

     

     


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